マイナンバー法の誤解(第6回)~「住所」にまつわる誤解と混乱~

八木 晃二

いよいよ第2次安倍内閣が発足し、新政権が動き出した。11月に廃案となったマイナンバー法案は、新政権のもとで見直しがなされた上で、次回の通常国会に提出されることになると思われる。社会保障と税の一体改革関連法案についての三党合意があるとはいえ、マイナンバー法という重要法案において、新政権としては、前政権との違いを強調すべく、新機軸を打ち出したいはずだ。それには、何といっても喫緊の課題である、景気対策に関連したものが考えられる。そうなると、前法案では5年先とされていた民間活用について踏み込むことになるのではないだろうか。

そこで気になるのが、民間企業からのマイナンバーの活用に対する期待としてよく耳にする、「マイナンバーにより顧客の最新の住所を行政から取得できるようになる」というものである。果たしてそれは本当であろうか。検証してみよう。
マイナンバー法案の番号は、住民基本台帳ネットワークシステムの住民票コードをベースに新たに付番することになっている。そして、その番号を個人番号カード(ICカード)に記載し、その個人番号カードに住所(住民票上の住所)と写真を載せ、それを身元証明書に使おうとしている。つまり、マイナンバーと紐付く住所は、住民票の住所と同一である。

では、住民票上の住所は常に正しいのであろうか。答えは否である。住民票上の住所は個人の申告ベースのものであり、本当にそこに住んでいる(居所:いどころ)ことを、自治体が確認し、保証しているものではない。銀行等で口座を開くとき、運転免許証などの身元証明書とともに、公共料金などの郵送物の提示が求められるだろう。それは、その住所に送達された郵便物を、その人が所持しているということにより、その人の居所(いどころ)を確認しているのである。逆に、クレジットカード会社等においては、クレジットカードを転送不要郵便で送付することで、そのカードの申し込み者が、申込書通りの住所に住んでいる(つまり居所)の確認を行っている。これは、居所の確認が必須である民間サービスにおいて、企業は、住民票上の住所には実際は住んでない人が数多く存在していることを知っているからである。
金融機関などにおける、他人へのなり済ましによる、マネーロンダリング(不法な手段で得た資金の出元を分かににくくすること)や、テロリストへの資金供与に対する、国際的な対策の波を受け、わが国でも、2007年3月、「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(以下「犯罪収益移転防止法」)が制定された。
この「犯罪収益移転防止法」の中で、金融機関や資金移動事業者、宅建業者、貴金属商などの特定事業者は、顧客の身元確認を行うことが義務付けられている。実際の条文は次の通りである。
『運転免許証の提示を受ける方法その他の主務省令で定める方法により、本人特定事項(当該顧客等が自然人である場合にあっては「氏名」、「住居」及び「生年月日」をいい)の確認を行わなければならない』
ここで注意して頂きたいのは、本人特定事項の中の「住居」という言葉である。「住居」とは「顧客が現実に生活の本拠を置く場所」(=「居所」)のことであり、法律関係を処理する場合の基準となる住民票上の「住所」とは異なるものである。これは、「犯罪収益移転防止法」が、FATF(Financial Action Task Force on Money Laundering)というマネーロンダリングを規制するための政府間・国際機関からの勧告に基づき制定された法律であることに起因している。海外の金融機関でも、顧客から申請があった「居所」に郵送物を送付し、郵送物の受取りの確認を行うことで本人確認を行っており、米国の金融機関などでは、仮に申請があった「居所」宛の郵送物が届かなくなった場合には、その顧客との取引を停止するようにしている。

話をマイナンバー法案に戻そう。マイナンバー法案が施行される際には、金融所得の把握のために、証券口座等にマイナンバーを紐づけることが想定されている。一部の金融機関からは、このマイナンバーを利用して、顧客の最新の居所を継続的に把握したい、という要望が出ているようだ。
この背景として、先に述べた通り、マネーロンダリングに対する懸念が高まる中、FATFから、顧客の居所を継続的に把握・最新化することが求められていることが挙げられる。金融機関等は、契約時には顧客の居所をしっかり確認していても、契約後に顧客が転居した場合には、顧客が新住所を連絡してくれるとは限らないため、必ずしも最新の居所情報を把握できていない、という問題がある。証券会社等によっては、顧客向けの郵送物が不着・返戻となった場合に、取引を制限するといった対応を行なっているようであるが、郵送による確認はコストが掛かることもあり、マイナンバーを元に行政から電子的に最新の居所情報を取得したい、という要望が出てきているのであろう。

しかし前述のとおり、住民票上の住所は自治体が確認し、保証しているものではない。転居時の住民票の転出・転入手続きは義務ではあるが、国民が住民票上の住所に正しく居住していることを確認するプロセスはない。実際、引越しをしたにもかかわらず、手続きを放置している人も多いだろう。このような現状において、マイナンバーを元に住民票上の住所の情報を引っ張ってきても、居所を継続的に把握している、とは認められないだろう。結局、「マイナンバーにより顧客の最新の住所を行政から取得できるようになる」というのは幻想にすぎない。これも「マイナンバーがあればこんなことが出来る、あんなことが出来る」という大きな誤解の一つなのである。
では、民間活用を含めて、真にマイナンバーが国民の利便性に寄与するためにはどのような制度設計にすべきなのであろうか。それについては、新春1月11日に発刊予定の拙著で詳細に解説したので、一読いただけると幸いである。
「マイナンバー法のすべて
 ~身分証明、社会保障からプライバシー保護まで
  共通番号制度のあるべき姿を徹底解説~」      東洋経済新報社