よみがえる政治的景気循環

池田 信夫

けさの日経新聞の「公的資金で製造業支援 工場・設備買い取り」という記事が話題になっている。経産省が1兆円で製造業の設備を買い取り、「機動的に新たな設備投資をできるようにして次世代の成長基盤固めにつなげる」というのだが、アゴラでも中島よしふみ氏がいうように、これはエコポイントと同じ問題の先送りである。


同じような制度に雇用調整助成金がある。これは余剰人員を休業させた会社にその賃金を補填する制度だが、この対象は3万8000社の75万人。これは労働人口の1%余りにのぼるので、失業率は1%ほど低めに出ていることになる。また中小企業金融円滑化法は、金融機関に中小企業の借金返済を猶予して延命するするよう求めるものだが、その実績はこれまでに229万件、63兆円にのぼる。

こういう制度の目的は、すべて目の前の経営破綻や失業などを先送りし、その穴を税金で埋めることだ。これは実質的には納税者から企業への所得移転である。永遠に先送りできるならそれもいいが、エコポイントのようにいずれは終わりが来る。そのとき嵩上げされていた需要が急に減少すると、家電業界のように過剰設備を生み出してしまう。テレビの場合は地デジも重なって、パナソニックやシャープが需要を過大に見積もる原因になった。

つまりこういう裁量的な財政政策は、景気循環を増幅する結果になるのだ。こうした現象は昔から知られており、Nordhaus政治的景気循環と名づけた。インフレと失業のトレードオフがあるとき、選挙前には失業を減らすために財政支出が増やされてインフレになり、選挙が終わると不況になる。

日本の今の状況も、政治的景気循環の一種だろう。「デフレ脱却」を約束しておいて何もできないと、来年の参院選で負けて安倍内閣は退陣を迫られるので、それまでに景気をよくしたい。そのためには多少のインフレも辞さないで、財政・金融政策を大盤振る舞いすればいい。Nordhausも指摘するように、こういうとき金利を下げるじゃまになるので、政治家は中央銀行の独立性をきらう。

ところが皮肉なことに、今の日本では金利がこれ以上は下がらないので、日銀がお金を配っても何も起こらない。だから財政政策しかないが、それでも麻生内閣の末期のように何も起こらないだろう。確実に起こるのは、政府債務の蓄積である。これは単に景気循環を増幅するだけではなく、国債バブルが崩壊したときのダメージを破滅的なものにする。

国民がこれから自衛するには、資産を外貨建てにするしかない。それも邦銀は国債リスクを抱えているので、外銀がいい。マイルドなインフレになってもハイパーインフレになっても、米ドルなら安心である。最大の為替リスクを抱えているのは、円なのだ。