延命期に入った資本主義

2013年01月01日 21:50

今、日本では、中小企業金融円滑化法、雇用調整助成金、公的資金で製造業支援、公的資金で工場、設備買い取り1兆円超といった政治による危機の先送り、あるいは、日銀の独立性を奪い、日銀の資産を強制的に増やし、為替を政府が操縦し、財政ファイナンスを行いながら、財政拡張による景気対策を行う、という。こうなると今や、日本は資本主義自由経済から、国家社会主義経済に変質してしまったように思われる。

このような異常な政策の背景には、資本主義の行き詰まりがある。ここでは、そのことについて考えたい。


疲弊する先進国経済

フランスの経済学者ダニエル・コーエンが、「迷走する資本主義ーポスト産業社会についての3つのレッスン」という本を書いている。資本主義自由経済がフランス社会にどのような社会問題を引き起こしたのか、資本主義の病理が良く分かる好著である。経済格差、格差の固定化、分断される社会、これはフランスだけでなく、先進国全般に当てはまる現象だ。

かつてはパリっ子は夏にはバカンスに出掛けてしまい、夏の間、パリには人影がまばらと言われたが、今や、その状況は一変した。かつて世界を席巻したフランス映画は衰退し、人々には余裕がなくなったように見える。 フランスでは新自由主義的な政策を推し進めたサルコジ政権は倒れ、それに替わって社会主義的なオランド政権が誕生した。オランド政権では、最高税率を75%にまで上げ、高額所得者が海外に移住する事態になっている。

一方、他のヨーロッパ諸国に於いても、経済の疲弊が顕著であり。ユーロ危機で南欧諸国は経済危機に陥った。 スペインでは若年層の失業率が45%にも達している。 イタリアでは、緊縮財政への批判が高まり、緊縮財政を推進するモンティ内閣が総辞職する事態に発展している。 

フランスやドイツでは移民排斥の動きが強まり、極右政党、社会主義政党の台頭といった動きが顕著である。社会の閉塞状況に不満を持つ人々が増え、極端な方向に社会を変えようとする人たちが増えているのだ。

私が小学生の頃、図書館で読み耽った憧れのヨーロッパの姿は今やどこにもない。

アメリカでは、所得格差の拡大が深刻である。 1979年から2007年の間に、上位1パーセントの収入は、平均すると275パーセント増加する一方、同じ期間に、60パーセントを占める中間所得層の収入の増加は40パーセントに、下位20パーセントの最低所得層では18パーセントの増加に留まっている。 1979年から2007年の間に、アメリカの上位1パーセントの収入は、平均すると275パーセント増加したが、同じ期間に、60パーセントを占める中間所得層の収入の増加は40パーセント増加、下位20パーセントの最低所得層では18パーセントの増加に留まっている。格差が拡がっているのだ。 また若年層の就職難も深刻で、アメリカの19歳から20代前半の若者(ハイスクール卒、大学卒)の4割は職がない状態である。その結果、”We are the 99%”をスローガンにOccupy Wall Streetと呼ばれる大規模なデモが発生している。 

やはりヨーロッパと同様、1960年代の映画に登場する燃費の悪い巨大なアメ車を乗り回す能天気なアメリカは今やどこにもない。

このように、先進国全体の経済が行き詰まり、社会が不安定化している。 経済が疲弊し社会が分断されているのは、日本だけではない。  先進国全体が同じ問題を抱えているのだ。

資本主義の危機

資本主義は、投資したお金が自己増殖をするシステムである。 その自己増殖=経済成長が止まれば、資本主義は行き詰まる。 経済成長のために必要なのは

(1) 安くて豊富な労働力
(2) 安くて豊富な資源
(3) 技術革新

だが、これら全ての供給が行き詰まっている。

労働力についてみると、90年のベルリンの壁崩壊以降、社会主義国の労働力が資本主義に組み入れられ、安くて豊富な労働力が、供給された。90年代、世界経済はグローバリゼーションの恩恵に浴した。しかし、もうそういった安い労働力を供給してくれるフロンティアは非常に限られている。

安くて豊富な資源は、最早、地球上に存在しない。これは「地球の有限性の顕在化と資本主義の機能不全」で書いた通りである。 一部の人たちがシェール革命ともてはやしている、アメリカのシェール層の開発にしても、シェールオイル、シェールガスとも生産コストは高く、安い資源ではない。

技術革新は今でもスピードを落とすことなく続いているが、経済成長に与えるインパクトは大幅に減じている。これは一人当たりの使用可能エネルギー量とエネルギー効率により我々の物質的豊かさは決定されるが、最近のIT革命など殆どの技術革新は、エネルギー革命ではないからだ。  

今、我々が見ている先進国の疲弊した状況は、資本主義の終わりの始まりなのだ。

これは何度も書いたことだが、現在は、資源制約のために大きくならないパイを、成長が大きい新興国と、先進国が奪い合っている状態である(「地球の有限性の顕在化と資本主義の機能不全」参照)。そのため、資源、食糧価格が高騰する一方、グローバル化にる新興国との競争ために価格転嫁できず、人件費を下げ薄利多売することで対応している。それでなくても、グローバル化、機械化により、新興国、機械との競争が起きており、人件費低下圧力は高いため、これは合理的な対応である。 

元旦の朝日朝刊に、カリフォルニア大学のライシュ教授のインタビュー記事が掲載され、教授は、中間所得層の復活が先進国経済復活の鍵であると述べているが、これは非現実的な話のように思われる。 経済低迷の結果として、中間所得層の衰退があるのであって、その逆ではないからだ。 ライシュ教授は、経済はゼロサムではない、と説くが、現実には資源制約のために、ゼロサムになっているからだ(「ゼロサム社会のゆくえ」参照)。 従って、上位1%の高額所得者の所得を再配分するだけでは、残り99%の所得を少し押し上げるのが精一杯のように思われる。 日本でも野田前首相が、「分厚い中間層の復活」を説いたが、アメリカほど貧富の差が激しくはない日本の場合は、中間層の復活は、さらに難しい。

21世紀に入ってから今まで、低下した経済成長を復活させようと、金融技術を駆使した金融商品の導入など、新しい試みがなされてきた。 しかし、こういった措置はバブルの生成とその崩壊を生むだけで、資本主義の延命に繋がっているようには見えない。

経済成長の本質は生産の拡大であり、こういったバーチャルな領域での技術革新は実体経済をほとんど変えなかったように思われる。 

金融といったバーチャルな世界で操作を行っても、実体は変わらない。

今、安倍政権が行おうとしていることを検証すると、金融緩和、為替操作というバーチャルな領域の操作だけでなく、財政出動というリアルな操作も含んでいる。だから一時的にはある程度の効果があるかも知れないが、もう少し長期で見れば、やはり実体経済の基礎条件は何も変わっていない。アベノミクスは、労働力、資源、技術革新の何れにも働き掛けない。日本の場合、資源はないのだから、労働力、技術革新に働きかけるしか活路はないはずだ。  

世界的に見ても、資本主義の原動力である、安い労働力、安い資源、経済成長に寄与する技術革新とも、豊富に供給し続けることは不可能なように思われる。資本主義は危機を通り越して延命期に入ったと言えるだろう。 

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