薬のネット販売が再禁止されるらしい

2013年01月15日 07:48
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1月11日、医薬品のネット販売を省令で規制した事は違法だとしてケンコーコム等の販売会社が訴えていた裁判が最高裁で原告の完全勝訴に終わり、ネット販売は改めて解禁される事になった。しかし、これがすぐにでも再禁止されそうだ。


●最高裁決定を覆す再禁止。
産経新聞の1月11日の報道によれば「政府は、薬剤師による対面説明を通じた安全確保を優先するため、省令を撤回した上で同様の規制を薬事法に盛り込む。また、できる限り速やかに改正を実行するため、法案の準備などが迅速にできる議員立法による改正を目指す」とある。

元々の発端は2009年に改正薬事法が施行された際に法律にはなかった対面販売のルールが省令によって導入され、ネット販売が原則として禁止された事にある。当時、内閣府に設置された規制改革会議がそれに噛み付いた。その中にはネット証券の先駆けとして知られる松井証券の松井社長も居た。

●2人の上場企業経営者が参加した規制緩和議論。
公務員になりたいという証券マンのユウウツ ~対面型証券に存在価値はあるのか~」で松井社長をとりあげたが、自分は松井社長の著書を何冊も読んで興味を持っていた。薬の販売規制にはピンとこなかったものの、松井社長が出るのならと公開で行われた規制改革会議と厚生労働省との公開討論をネットで見た。後にこの議論にはライフネット生命の副社長・岩瀬大輔氏も参加する事になる。従来対面で売ってきた物をネットで売る事を仕事にしてきたという意味では、異業種ではあるものの両氏は最適な人選だろう。

今でも公表されている2009年当時の議事録(PDF)は、素人目で見てもあまりに酷いやり取りが繰り広げられている。対面を義務付ける根拠として、薬に関して直接説明をしてよく理解して貰うためとあるが、家族や知人による代理購入は禁止されていない。顔色を見てといった発言もあるが、これは薬剤師の範疇を超えて医者のやる事では?なにより代理購入が可能な現状では顔色を見る事は出来ないのだからネット販売を禁止する根拠に全くなっていないのでは?という松井社長の追求に対して合理的な反論が無い。

過去に一件だけ起きたネットで購入した漢方薬による副作用も、ネット販売で説明が足りなかった事によって起きたのかという追求に対して、そこまでの因果関係は分からないと厚生労働省側は認めている。この議事録を読んで分かる事は、ネット販売を禁止するに当たって、何一つ根拠となるデータを示していない事だ。これはある意味当然で「対面での代理購入」の方が、ネットや電話を利用した「通信販売で本人が購入」するより安全だという無茶な話に根拠を示す事は出来るはずもない。

●根拠に乏しい議論が繰り返された過去。
2010年に行われた議論は動画で見られるが(会議の資料はこちら)、これも当時話題になり始めていた「ネット生保」を起業した人が出る、というので見た記憶がある。もちろん、ライフネット生命の岩瀬大輔氏の事だ。

岩瀬氏は、冒頭の挨拶で「危険だからやめようという話ではなく、どうすれば安全性を確保しながらネットで販売できるのか、という議論がしたい」と発言したが、完全に無視された。動画の会議は規制改革会議から1年以上経っているにも拘らず、行われているやりとりは全く変わっていない。

薬のネット販売で今まで何の問題も起きてないなんて発言は撤回してもらいたい!と意気込んでしゃべり出したチェーンドラッグストア協会の会長も「入浴剤から硫化水素が作られて自殺する際に使われる事があった、風邪薬から麻薬が作られる事件があった」と医薬品業界全体の問題を話しているだけで、岩瀬氏からネット販売とは関係ないですよね?と問われると、確かにそうだけど何の問題も無いというから……と不明瞭な回答をする。ですからそれはネット販売によって危険性が増したという話ではないですよね?と問われるとそれ以上まともな回答は無い。DV(ドメスティックバイオレンス)があった場合は薬剤師が見抜く事が出来る、月面着陸の映像だって作られたと言われてる、などネット販売と関係の無い意味不明な発言も多い。

ネット販売は危険というのなら、ただの一件でも具体的な話があれば格好のケースとして取り上げられただろうが、1つとして出てこない。つまり現状ではネットの方が危険だというエビデンス(証拠)は何一つ無い。本来最もエビデンスが重視される医療業界で働く人が自身の発言の根拠の無さに気づいていないとは到底思えない。薬剤師より簡単になる事が出来る登録販売士が対面で売る場合と、薬剤師がネットで売る場合とどちらが安全なのか、という問題もある。ネット販売が100%安全と言えるわけが無い以上いくらでもケチの付けようはあるのだが、それは対面でも同じ事だ。問題はネット販売が100%安全かどうかではなく、対面より安全性において劣るのかどうか、という事だ。

何より、対面では誰が買ったか分からないが、ネットでは支払いや受けとり時に身分を隠すのは難しい。風邪薬から麻薬の成分を抽出したといった話まで持ち出していたが、そのような犯罪に手を染める人間はよっぽどのマヌケでなければネットではなく対面で薬を買うだろう。

ここまで厳密に安全性を求めるのであれば、刃物の販売など他の危険物との取り扱いの整合性まで考えなければいけない。もし政府や厚生労働省が薬も含めた危険物全般の取り扱いをもっと厳密にすべき、ネットでの販売も規制すべきというなら一環している。あるいは今の薬の販売体制はぬるすぎる、身分証明書で本人確認を行い、本人と対面を義務付け代理購入を一切禁止すべき、というのならそれも1つの見識だろうが、そういうわけでもないようだ。

●経済対策でアクセルを踏み込みながら規制強化でブレーキを掛ける不可解な政策。
現在は対面で買うか、ネットで買うか、これは本人が自由に決められる。ネットで買いたいという人に対面で無いと危険だから売らない、と規制をかけるのは明らかに余計なお世話だ。そこまで心配して薬の販売に制限をかけてあげなければいけないほど日本人はバカなのか。ネット販売反対派は、まるで対面販売がこれから禁止されるかのごとく反論をする。なぜネットで購入する事も含めて自己責任だと考えられないのだろうか。

岩瀬氏、松井氏と、優秀な上場企業経営者の時間を浪費した挙句に再規制されるのであれば、今後政府がどんなに頼み込んでも中立な立場から優秀な人が手を貸す事は無いだろう。そして松井社長は2009年のインタビューで、規制によって雇用がどれだけ失われたか、民間の活力がいかに削がれてきたかと怒りつつ、「本業と関係ない所でこんなに頑張っていると株主から怒られかねない。それでも(当時の)安倍首相に任命されたのだから、最後まで全うしますよ」と答えている。なんともため息しか出ない。20兆円規模の経済対策をやる前に、お金をかけずに出来る景気対策、つまり規制緩和をやるべきではないのか。

今回の規制に唯一の合理性があるとしたら、それは規制を掛ける側にとっての予防線としての効果だろう。誰でもトラブルが起こって自分の責任が追及されれば楽しいわけが無い。出世にも響くだろう。不作為の罪が非合理に責められるのなら、非合理な形で事前に規制をかけるのも官僚にとっては合理的だ。

●自己責任の原則は?
自己責任という言葉ほど捻じ曲げられた言葉も無いが、これは本来「自業自得」という嫌な意味ではなく、「自分で責任を取れる範囲なら何をやっても良い」という自由を意味する。今回論じたようなネット販売が規制されてしまうのも自己責任を嫌がる人が多い事とは決して無関係ではない。問題が起きるたびに「○○は何をやっていたんだ」と責任をなすり付ける。○○には国、政治家、官僚、公務員などが入る。結果として責任逃れのようなルール・規制ばかりが発達する。多くの人が感じる閉塞感とか将来の希望の無さはこんな所も発端になっている。これは悪い意味での「自己責任」、つまり自業自得だ。

経済関連の記事は以下を参考にされたい。
●国が1兆円もかけて電機メーカーの設備を買い取るらしい ~エコポイントの斜め上を行く、呆れた仕組みについて~
●災害より老後を怖がる日本人 ~20代と60代の利害は一致する~
●年金がいつから・いくらもらえるのか、ハッキリさせた政党は政権を取れる。
●2012年、バブル真っ只中の日本
●アゴラ・ブロゴスは「AKB48」である。

責任を放棄するほど自由を失う。多分、この原則を多くの人が忘れている。

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー
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中嶋 よしふみ
ファイナンシャルプランナー シェアーズカフェ・オンライン編集長

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