スポーツにおける体罰について2

2013年01月23日 23:30

誤解も多く、前回、書き切れなかったこともあったので続きです。


■自分タイプと違うタイプを比べてください

まず、自分はどのタイプか考えてから、以下を読んでください。

1.強制されなくても理論通りできる人
2.強制されないと理論通りできない人
3.無理をしてまで理論に合わせたくない人
4.体罰は【絶対】にダメというイデオロギーを持った人

私が部活をやっていたときは、2のタイプで水泳部に所属していましたが、殴られたことも殴ったこともありません。顧問は名ばかりで見にも来ない、そもそも泳げない人でした(苦笑)。
練習量は、夏休み期間中で6~8000m、合宿で12000m程度というお遊びレベル、つまり、所属していたクラブ自身は3または、1のタイプに合ったものでした。
公立の高校でしたので、もちろん、屋外のプールです。4月の始業式の日から泳ぎ始め9月までが泳げるシーズンです。4月の水温は13~14℃で、それを限界と感じていました(滅茶苦茶苦しかったから今でも覚えています)

オリンピック選手クラスの練習量は毎日10000~20000mぐらい、北京・ロンドンオリンピックのバタフライ銅メダリスト松田選手に至っては、1日に30000m、東北で屋外プールにビニールハウスを被せただけの施設で、水温9℃でも泳いでいたそうです。

4月初旬に屋外プールで泳がせるのも、1日僅か8000mでも、人によっては充分に虐待と感じるでしょう。悲しいことに、今の私にとっても生命に関わる練習量になります(苦笑)。
現役当時の私にとっても、水温9℃での練習や、1日30000mも泳ぐというのは不可能で、虐待と感じたでしょう。

監督もコーチもいない遊びのクラブですから、自主的に楽しみながら(でも、本当に苦しかったですが……)できたのが、夏休み期間中で6~8000m、合宿で12000mが限界でした。合宿で12000mは何とかこなせたので、体罰込みで強制されれば毎日12000mまでは不可能ではなかったと思います。

自主的にやっています(誰からも強制されない)から、私は練習を常に全力ではできなかった。どうしても、所々(もっとか……)、力が抜けます。もちろん、部員同士、励ましたり、注意し合ったりしますけれど、自由意志では限界があるのです。

自由意志でやってますから練習で力を抜く人はどうしてもいます(私です)。もちろん、元々の身体能力の差もありますが、練習で私より力を抜かない人には、やっぱり勝てませんでした。
ということから、僅か6~8000mの練習量でも、力が抜けているときに体罰があればもっと伸びていますし、体罰も含めて、1日12000m程度まで練習量を上げていれば、更に伸びていたということは、実感としてあります。

そこまでやったとしても、残念ながら半年ほど1日12000m泳ぐ程度では、インターハイなんてとても無理で、水泳を職業にできることもあり得ません。あくまでも趣味レベルです。

そんな私自身の経験から、私は体罰を受けてないけれど、練習の苦しみも分かっていますから、体罰を受けて更に辛い練習をする苦しみも理解しています。それでも、私は体罰を受けても、もう少し良いタイムが出せるようになりたかった。

もちろん、誰かに洗脳されているわけでもなく、誰かに言わされているわけでも、誰かを庇うわけでもありません。
ただ、(体罰を含め)強制されなければあれ以上の練習は、私の精神力では無理だったと思っていて、もっと練習して速くなるには、体罰を受けるしかなく、そうしたかったと思っているわけです。

■2以外のタイプの人はどう思いますでしょうか?

私は、2のタイプの人間としての考えを書いています。
2のタイプの中でも、最もレベルが低い方で、趣味でも「体罰を受けてでも良くなりたい」と思う人がいるのですから、「将来、関連する職業につきたい」と思っている人は、尚更、体罰を受けようと巧くなりたい、強くなりたい、速くなりたい、良い成績を残したい。と思うわけです。

では、2以外のタイプの人はどう思いますでしょうか?

私の想像では、

1のタイプの人(例えば、松田選手)にとっては、「なんとまあレベルの低い話を……」
3のタイプの人にとっては、「趣味レベルで、なんで体罰まで」
4のタイプの人は、「とにかく体罰はダメ」

ですかね?
それらは、余計なお世話じゃないですか?

2のタイプの人が望む未来を、一体どんな権利があって摘もうとしているのでしょうか?

■繰り返しますが良い体罰と悪い体罰がある

なぜ、三振をしたのか分かってないなら、どこが悪かったか説明しなければなりません。
なぜ、三振をしたか分かっているなら、体罰は意味があります。

前回も何度も書きましたが、ミスに対して体罰は意味がないのではなく、「相手が分かっているかどうか」が、体罰の効果があるかどうかの分かれ目なのです。

例えば、TVも含めれば数百万人がその効果を目の当たりにしました。

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2012年 日本シリース・ 乱調の澤村をドツく阿部!

なぜミスをしたのか、一流のプロである澤村選手にとって分かりきったことで、それを改めて言葉で説明しても何の意味もありません
言葉では、乱調を戻すことはできません。

逆に、分かっていなければ、体罰は意味がありませんし恨みしか残りません。

何度も繰り返すとおり、体罰が悪いのではなく、体罰を使った悪い指導があるだけの話です。

せっかく反論を頂きましたが、4のタイプの人が決めつけて読んでいるからでしょうか?、私が「間違った体罰」と説明したことを、改めて説明するような文章になっていて、反論になっていません。
下手糞ではありますが、私は極めて平易な文章で、何度も、「分かってないときの体罰は間違っている」と書いているつもりですが……。

■桜宮高校の事件であった体罰について

私は見ていたわけではありませんから、桜宮高校の事件であった体罰で責められたミスが、巨人の澤村選手と似たものなのか、理解してないミスなのか、私には判断がつきません。
ですから、個別には言及できません。

少なくとも言えることは、キャプテンは叱られ役として【見せしめ】となっています。
チームプレイにはそういうポジションが必要なときもあり得ますから、本人が充分に納得した上で【叱られ役】に徹するなら、私は否定することができません。
私の価値感では、「【見せしめ】は叱られ役が、充分に納得していなければならない」と考えています。

今回の事件については、【叱られ役】であるキャプテンが「承諾」はしていたかも知れませんが、まったく納得していなかったという点において、確実に間違った体罰でした。

しかし、体罰は、自殺という重大な結末に対してそれほど大きな原因ではないと思います。

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根本は、キャプテンを辞めるか続けるかの葛藤でしょう。
体罰が絡んではいますが、逆に、それを理詰めで解説されるのは精神的に相当堪えます。
もちろん、性格もあるでしょうが、私なら殴って貰った方が、余程精神的負担が軽く、仮に理詰めで来られては余計に耐えきれなかったと思います。
4のタイプだった可能性も高いですが……。

この事件においては、監督も、家族も、チームメイトとその親も……、関わった全員が、彼が苦しんでいることを知っていたのです。もう少しフォローができなかったのかと悔やまれてなりません。

いずれにしても、重大な結末になったことは間違いありません。
監督が責任を取らざるを得ないのは致し方ないとは思いますが、体罰に帰結すべき問題ではないと考えます。

……次は、「悪事に対する体罰」について少し書きたいと考えております。

株式会社ジーワンシステム
生島 勘富
mail:info@g1sys.co.jp
Twitter:@kantomi

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