自然と社会の秩序と複雑性は何に起因するのか? 

2013年01月26日 15:19

自然を眺めると、その複雑さに驚かされます。 森を眺めれば、そこには数えきれないほどの種類の植物や動物が生息し、それが自然に秩序を作っていることが分かります。

また、人間社会を見ても、社会の構造は複雑で、それは、自然発生的に一定の秩序を形成していることが分かります。 例えば、よく風景写真で見られる、日本の棚田の光景は、人間社会に自然発生したパターンの一つです、 一見ランダムに見えるものにも、構造があるのです。

ここでは、このような自然や社会における、秩序と、複雑性は何によって生まれるのかを考えたいと思います。


散逸構造と自己組織化

開放系は外界とエネルギーまたは物質を交換する系のことをいい、逆に閉鎖系はエネルギー交換や物質交換がその系の内部で完結し外界と全くない系のことをいいます。

閉鎖系については、内部のエントロピーは、増大し続け平衡状態へと収斂してゆきますが、開放系については、エントロピーが増大しても、それを系の外部に捨てられるために、エントロピーは増大せず、一定の構造を保つことが、よくあります。

たとえば、ビーカーの中に熱湯と水を注ぐと外部とのエネルギーのやり取りを断つ(閉鎖系にする)と、やがては一様な温度(平衡状態)に収斂してゆきます。 しかし、このビーカーをバーナーで加熱する(開放系)と、対流という安定した構造を保つのです。

平衡状態でない開放系(外部とのエネルギーのやり取りがある系)で自己組織化が起き、それによって生まれる定常的な構造のことを散逸構造(dissipative structure)とよびます。

これはプリゴジンによって提唱された概念で、従来、平衡状態が研究されてきた、物理、化学において、非平衡状態における自己組織化理論の提唱は衝撃をもって受け入れられ、プリゴジンは1977年にノーベル賞を受賞しました。

散逸構造として、最も典型的なのは、生態系で、たとえば森の生態系をみると、実に多様な生物が、空間や資源を利用し、モザイク状に入り組んだ散逸構造を作っていることが分かります。 生態系のような複雑で精緻な構造が、誰からも命じられることなく、自然につくられる(自己組織化される)という点が、散逸構造の驚くべき点です。

つまり、外部とのエネルギーのやり取りがある開放系においては、単純なエントロピー増大則は成り立たず、定常的な構造が自然に発生することがあるわけです。

反応拡散系

さて、こういった散逸構造が、一定のパターンを持った構造を持つのか、詳しくは分かりません。

しかし、プリゴジンの研究以前に、パターン形成の原理の研究は、チューリングによる反応拡散方程式の研究により始められました。

反応拡散方程式とは

        状態関数の時間微分 = 拡散項  + 反応項

という形の偏微分方程式で、拡散項は通常のラプラス作用素、反応項は、一般に非線形項になります。 

電子計算機の発明で知られるチューリングですが、生物の形態形成にも興味を持ち、その原理を反応拡散方程式に求めたのです。生物の世界に表れる不思議な斑紋、たとえば、シマウマの縞模様や、昆虫の翅に表れる様々なパターンは、反応拡散方程式で説明されるものも多いようです。 次の動画は、非線形の拡散項が実際に複雑なパターンを生成する様子をあらわしています。 

生態系における、異種間のすみわけも、同じような原理で、説明するのが普通です。
一般に、生物は、分布や個体数を拡大(拡散)するようにプログラムされているのですが、それぞれの種がお互いに資源の奪い合いなどの競争を行う(反応)ことで、種が分化し生物の分布や生態などが、自然に形成されてゆくわけです。

また、分布だけでなく、時間変動においてもヤマネコとウサギの個体数の増減のように、一定のパターンが、生み出される例が知られていますし(この場合はロトカ・ヴォルテラ方程式で説明されます)、同じ資源を利用する昆虫が、微妙に発生時期をずらすことで、競合を避けたり、一部のチョウでは、近似種同士が、同じ食樹を利用する場合、種によって産卵位置を別々にしたり、成虫の活動時間を重ならないようにする、といった現象が観察されています。

こうしてみると、自然における秩序の形成は、自己組織化によって行われ、その複雑性は非線形性に起因しているのでは、ないでしょうか。地球上に多種多様な生き物が暮らし、多種多様な環境が存在するのも、その裏側にある非線形に起因すると考えるのが、私には自然に思えます。つまり非線形性こそが、多様性の源泉というわけです。

社会におけるパターン形成

以上のように、自然界において、反応拡散方程式などの微分方程式をとおして複雑なパターン形成が起こっているわけですが、このようなパターン形成、自己組織化は、人間社会にも起きています。 たとえば、鴨川におけるアベックの間隔が等間隔になることが観察されていることは有名です。

また、企業間の競争も、生物のニッチ争いと同じように扱うことの出来る問題でしょう。 実に多種多様な企業が存在し、活動する様子は、生態系における、棲み分けと同じようなものと考えることができると思います。 

これを一種の反応拡散系として見ると、競争という非線形項が、複雑な社会の様態を決定づけていると、大胆に考えることができるでしょう。 

数学的には偏微分方程式の非線形項は、解析を困難にする厄介ものなのですが、逆に、実に、生物の多様性、社会の多様性を担保しているのは、この非線形性ではないか、と思います。 

社会の制御可能性と非線形性

人間社会の複雑性が、本質的に自然界にみられるのと同じ非線形性に起因するものだとすると、人間社会を社会主義のように人為的に的確に制御するのは、極めて難しいことではないか、と思います。 

なぜなら、非線形性のある系は、一般に挙動が複雑で、パラメータを摂動すると、状態が一変することが多いからです(生物が適応能力を発揮して、環境の変化に適応してきた秘密も、私は、この非線形性にあると考えています)。

社会主義国の崩壊は、非線形性に起因する社会の本質的な複雑性にある、というのが私の考え方です。

従って、政府の関与を最小限にして、あとは自己組織化の力に任せた方が、結果的に社会の最適化ができるのではないか、と思います。  

このように考えると、現在、経産省と自民党が進めようとしている成長戦略の一つ:ターゲッティングポリシー(特定の産業分野を政府が戦略的に育成すること)は全くの愚策に思えるのですが如何でしょうか?

あとがき 

この記事は、私の自然観、社会観を書いたもので、必ずしもきちんと論理を詰めたものではないのですが、週末の気楽に読める記事として、私なりの考え方の紹介として書いたものです。

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