エネルギー供給の将来像と原子力

2013年02月07日 09:34

我々の豊かさを支えているものは、エネルギーと水である。運輸、食糧生産、製造など全ての経済活動には、エネルギーが必要で、

   物質的な豊かさ =  エネルギー供給量 × エネルギー効率

であると考えて差し支えない。 従って、安くて豊富なエネルギーを供給することが、我々の経済活動に欠かせない。 

しかし、今後、10-20年というスパンで、我々を取り巻くエネルギー事情は大きく変わろうとしている。 エネルギー資源をほとんど持たない日本は、中期的なエネルギー供給戦略を、持っているのだろうか? 


現在の我々の繁栄は石油が支えている

現在の人類の繁栄は、石油によるエネルギー革命によるものであり、これは、人口と石油産出のグラフを見れば明らかだ:
A-brief-history-oi-humans

The Really Really Big Pictureから転載)

我々の食糧生産、エネルギー生産、運輸、交通は大きく石油に依存している。

化石燃料の減耗

しかし、我々の繁栄を支えてきた石油もかなり減耗してきている。

世界の一人当たりの液体燃料によるネットエネルギー産出を見ると次のグラフのように2005年以降、大きく低下している。

NetBtuPerCapita

The net energy per capita from liqquid fuels is droppingから転載)

これは、原油生産が2005年以降プラトー状態になったことが原因であり、一人当たりの液体燃料エネルギー使用量が減少したということだが、具体的にどこが、原油使用量を減らしたのかをみると、次のグラフのように、先進国が原油使用量を減らし、新興国が原油使用量を増加させていることが分かる。

percentage-growth-in-oil-consumption

Ten Reasons Why the High Oil Prices are a Problemから転載)

つまり、限られたバイを先進国と成長著しい新興国が奪い合った結果、先進国が原油使用量を減らし、新興国が、原油使用量を増やしたのである。

ところで、今まで述べて来たように、エネルギー供給量とGDPには強い正の相関があり(「失業と貧困は、なぜ生み出されるのか?」)Xをエネルギー供給増加率、YをGDP成長率とすると、回帰分析により近似的に

    Y = 0.9674X + 0.0059

という関係が近似的に成り立つ。 つまり、好景気とエネルギー供給の増加、リセッションとエネルギー供給の減少は表裏一体のものなのである。実際、日本の名目GDPは2006年の506兆円から2011年の468兆円へと8%ほど減少している。

このように先進国の不況は、エネルギー的な視点からも裏付けることができる。
 
エネルギー供給の不足が、経済に波及する経路は、エネルギーコストの上昇による。即ち、エネルギー価が上昇すれば、経済は冷やされ、エネルギー価格が下落すれば、経済は加速する。

つまり、

景気回復 ⇒ エネルギー価格の上昇 ⇒ 景気後退 ⇒ エネルギー価格の下降

というサイクルが見られる。 例えば、リーマンショックの2か月前の08年7月11日に原油は1バーレル=147ドルの最高値をつけたが、その後のバブルの崩壊で年末には30ドル台に下落した。 過去にも、原油価格の高騰が引き金になって、リセッションが始まった例は、オイルショックを始め数多くある。

しかし、現在のエネルギー供給を見ると、世界経済は減速しているにも関わらず、原油価格は1バレル90ドル近辺である。 これは、今後、世界経済が加速した場合には、原油価格は1バレル100ドル以上になることを意味している。  

これと、2050年に掛けて、エネルギー供給全体が、現在の2分の1に減少するという予測(World Energy to 2050)や、今後10年で原油価格は現在の2倍になるというIMF予測を考え合わせると、世界経済は今後、成長ではなく縮小してゆくことが、少なくとも理論的には予測されるのであり、これを否定するような理論は現在全く存在しない。つまりエネルギー制約が、経済規模の天井を形成しており、その天井は今後、下がってくる、と考えてよい。

以上のように、エネルギー供給のバイの縮小を考えると、今後、世界経済は低成長が続き、その中で、先進国の生活水準が低下する一方、新興国の生活水準が上昇するという平準化が起こるものと考えられる。

日本のエネルギー供給見通し

現在、日本は、一人当たり世界平均の約3倍のエネルギーを消費しているが、

(1) エネルギー産出の総量が2050年には現在の半分程度に落ち込むと思われる。

(2) グローバル化による平準化により、世界のエネルギー消費は、新興国で大きくなり、先進国では小さくなる傾向にある。

という2つの要因から、2050年には、日本の一人当たりのエネルギー消費は、何もしなければ、現在の少なくとも3分の1、最悪の場合8分の1以下に落ち込む可能性がある。 

これでは、交通や社会インフラも動かせず、多少人口が減少したとしても、エネルギー資源のない日本では暮らせなくなるだろう。 
 
エネルギー危機は遠い将来のことではないのだ。

原発を再稼働し、エネルギー供給の将来像を描け

一昨年の東日本大震災における、福島第一原子力発電所事故以来、ほとんどの原発が停止したままである。 原子力規制員会は、コストを度外視した、再稼働の条件を突き付け、再稼働は極めて困難な状況にある。 原子炉の停止により、現在、年間3兆円以上の国富が流失し続けている。 勿論、これは日本経済にとって大きな痛手であるが、原子炉事故の恐怖から、未だに多くの国民が再稼働には慎重のように思われる。

しかし、私は、こういった短期的な問題についての議論より、もっと大事な問題が、忘れ去られているように思えてならない。 それは、将来日本のエネルギー供給をどのように確保するのかという問題である。 

何もしないでいれば、おそらく10年から20年後には、上で考察したように、化石燃料の減耗により、我々の生活は成り立たなくなることは、明らかであることを、一体、どの位の人が認識しているだろうか。 きちんと確かめもせず、シェール革命が起きたのだから、シェールガスを輸入すればいい、といった考えを持つのは危険だ(実際、可能な供給量は十分か、アメリカが輸出するか、など見通しは暗い)。 

こういった深刻な状況にも関わらず、少なくとも私の知る限りにおいて、将来のエネルギーを如何に確保するかについて、政治家や国民が、明確な将来像を持っているようには、全く思えない。 専門家集団である、原子力規制委員会のメンバーにも、日本のエネルギー供給の将来像について、きちんとした考えを持っている人はいないだろう。   

活断層に関心が集中し、事故発生確率や被害予測といった冷静な議論が、なされているようには、とても思えない。 40年しか稼働しない原発が、巨大地震による重大事故を起こす確率は、非常に小さいだろう(最近の朝日新聞には、火力発電所と断層の危険性にまで言及する記事が載り、こういったリスクゼロ志向が行き過ぎると、津波が危ないので海岸から数キロは住めないということになりかねない)。 

日本のエネルギー供給の将来像について、きちんとした議論が、なされるなら、原子力を捨て去るといった乱暴な選択はあり得ないだろう。 なぜなら、日本の狭い国土では、再生可能エネルギーだけでは、十分なエネルギーを生み出すことはできないし、時間的にも間に合わないからだ。  

従って、選択肢の一つとして原子力は、日本の重要なエネルギー源であることが認識されるだろうし、原子炉の再稼働がなされるであろうと、私は信じている。 

(注)「原発停止継続、日本経済に打撃–活断層に偏重した安全規制は滑稽」の石川和男氏の意見は、非常にバランスのとれたよい意見だと思う。 

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