6年制薬科大学の本当の可能性 --- 小池 伸

アゴラ

6年制薬科大学の薬剤師が誕生してから1年が経とうとしています。臨床現場の変化を評価するのは時期尚早かと思いますが、教育現場は6年制移行から7年が経ちます。先日、井上氏から「6年制薬科大学はいらない」というセンセーショナルなご意見がありました。このような批判的なご意見もあるなかで、6年制薬科大学の教育内容を見直す時期が来ているように思います。


私は現在、私立薬科大学の大学院に在籍し、薬剤師免許を取得しております。ここでは、薬学教育を受けている現役大学院生という立場から、6年制薬科大学の薬学教育についての考察と今後への提案をしたく思い投稿致します。

2006年度、薬学部は6年制に移行しました。薬学部の教育は薬剤師養成所という機能が強まりました。以前にもまして薬剤師を医療従事者と限定的に定義する向きが強くなったと感じます。特に私立薬科大学では各大学の教育理念は形骸化し、国家試験合格率至上主義が今まで以上に蔓延しています。

薬学部6年制移行は、薬剤師の医療人としての質や地位の向上を標榜するものですが、未だ具体的施策に曖昧さを感じます。むしろ、この目標の達成を目指すならば、薬剤師の生涯教育を強化する方が合理的な対策と思います。

では、6年制薬科大学はいらないのでしょうか?

まず大前提ですが、薬剤師免許は薬学部を卒業した者だけに与えられます。すなわち、薬学教育を正しく受けた者だけが得るべき資格なのです。

では薬学教育とは何を目的にしているのでしょうか。

薬の知識を幅広く教え、その知識・経験を持って医療の発展や国民の保健衛生に貢献できる多様な人材を多分野に輩出する。これが本来の薬学養育の理念でしょう。どの薬学部のホームページにもおおよそこのような教育理念が書いてあります。

決して、薬学教育とは薬剤師養成のためだけにあるわけではないのです。

6年制薬科大学には薬剤師になるために多くの学生が入学してきます。薬学教育とは薬剤師養成のためだけにあるわけではないといっても、「6年制薬科大学=薬剤師養成所」という学生の要望に抗うことは難しいでしょう。薬学研究者の養成には、国立大学薬学部が4年制学科を設置して薬学教育に力を注いでいます。薬学部の中で、しっかりと役割分担が為されれば、薬学教育理念の荒廃はある程度防げると思います。

それでは、6年制薬科大学はどのように薬学教育の理念に応えれば良いのでしょうか? そのヒントは、薬剤師法第1条の中にあります。

「薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生を掌ることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする」

これは、憲法第25条に起因した薬剤師にとって極めて重要な一文です。前述の薬学教育の理念はこれを啓蒙的に謳ったものでしょう。薬剤師法第1条の「その他以下」に目を向けるのです。

学生も大学も薬剤師像を広く捉えてほしいと思います。市民の公衆衛生を守ることも薬剤師の重要な職務の一つです。まさに薬剤師法第1条に明記されています。最近、放射能汚染や中国からの公害が社会問題となっています。正確な情報の欠落が市民に不要な不安を与えているように思います。これは、薬剤師が責任を持って分かりやすく市民に伝達すべき問題です。指をくわえて報道を見ているのは薬剤師として立派な職務放棄です。

「ベクレル」も「PM2.5」も薬学部で教わります。あえて言えば、薬剤師教育から授かる知識です。一層のこと、薬剤師国家試験を科目選択制とし、それに合わせて選択授業を増やして内容を深くした方が、多様な人材が生まれるかもしれません。

かつて病院薬剤師は地底人と揶揄されていましたが、自らそのレッテルを剥がしつつあります。今やチーム医療への貢献も徐々に見せ始め、病棟業務も行うようになったのは先輩方の素晴らしい功績です。これからの6年制薬剤師は、「薬剤師=薬局・病院医療従事者」という社会に浸透した固定概念を壊すべきです。6年間を調剤のエキスパートを育てるだけに充てるのは学生にも社会にももったいないのです。

このためには、5年次の実習先を医療機関だけではなく、民間企業や公的機関にまで広げるべきです。すでに実施している大学もあります。これを低学年次に前倒しするのも有効だと思います。今の社会でニーズがなくても、学生にそれを創造させることも教育の役割です。

少し話が変わりますが、薬剤師は労働基準法第14条に規定された「専門職」です。専門職とは高度の専門的知識等を有する労働者のことです。妹尾堅一郎先生(産学連携推進機構理事長)の言葉を借りれば、専門職とは多様な戦略的選択肢を持ち、その中で得意技を操れる存在なのです。薬剤師が薬学部を卒業していなくてはならない理由はここにあるのではないでしょうか。

現在、年間1万人近い薬剤師が誕生します。今後、薬剤師は過剰時代を迎えます。地方の病院などで需要はまだ続くという楽観論もありますが、それは現行の薬剤師制度が続くことが前提です。数十年前に、薬科大学の増設や6年制移行を誰が予測したでしょうか? 今後も薬剤師業界に大胆にメスが入る可能性は否定できません。

変革の時を迎えたとき、薬剤師が自分の得意技を磨いておくことはもちろん重要ですが、多様な戦略的選択肢を身につけておくことはより効果的であると考えます。

最後に強調しておきます。医療従事者としての薬剤師の職能強化は非常に重要です。しかし、大学がそれ以外の職務に目を向けて、新たなフィールドを創出していかなければ、薬学教育の理念は貫かれませんし、発展もありません。各大学のパンフレットやホームページにはより高い理想論が掲げてありますが、6年制に移行した本当の意義は、旧課程では触れられなかった薬学領域にも踏み込みこんだ、深い知識を持つ薬剤師を多分野に輩出することです。

6年制薬科大学が、単なる薬剤師免許取得学校に成り下がらないことを切に願います。

私立薬科大学大学院
小池 伸