生産性の上昇が雇用を押し潰す

2013年03月02日 16:51

池田先生の記事「デフレの原因はITだ-『機械との競争』」は、少し問題を単純化し過ぎているように感じたので、少しだけ補足したい。

ここで主張したいのは、生産性の上昇は不可避だが、それは、必然的に雇用を押し潰す、ということである。


賃金の下落はなぜ起こるのか

まず、賃金の下落について、池田先生は、過剰雇用を抱え込むために、みんなで賃金を下げて辛抱した結果だというが、実際には、製造業からサービス業への雇用の移動が、かなり大規模に起きている。

このことを取り上げた論説として野口悠紀雄先生の:「日本経済の活性化に高生産性サービス業が不可欠」を取り上げよう。この論説の要旨をまとめると以下のようになる:


(1) 日本では製造業の雇用が減り、サービス業に雇用が移りつつある。

(2) しかし、製造業から溢れ出た雇用の受け皿となっている、介護などのサービス業の賃金は低い。 

(3) 経済全体の賃金の下落は、製造業の労働者が減少して低生産性サービス業の労働者が増加するために引き起こされる現象である。

(4) 賃金の下落が日本経済の停滞の原因なので、日本経済の活性化のためには高生産性サービス業が必要である。

という主張である。 この分析は正確で異論はない。 たしかに、サービス業の労働生産性は伸び悩んでいる(少しデータが古い):労働生産性推移

労働生産性から見る日本産業の現状から転載) 

製造業の生産性の上昇が、サービス業の生産性の減少を引き起こし、全産業での生産性の伸びは小さくなっているのでは、ないだろうか。 

果たして、望むような高生産性のサービス業は、本当に存在するのだろうか。

エネルギー供給の拡大が人を豊かにしてきた

この問題を考えるために雇用が生まれるメカニズムを振り返ることにしよう。 

工業化が起きる以前、労働は人間の肉体労働と家畜の労働により支えられて来た。そのため、大部分の人たちは、食糧生産に従事せざるを得なかった。

ところが、石炭そして石油といった化石燃料を使うようになると、空中窒素固定法の発明や農業の機械化により食糧生産は飛躍的に増大し、効率的になり、多くの人たちが食糧生産から解放された(奴隷解放をしたのは、化石燃料で人道ではない)。 

実際、機械の労働は圧倒的で、1バレルの石油のエネルギーは、12人の人が1年間働くだけのエネルギーに相当する。 

食糧生産から解放された人たちは、化石燃料の持つ膨大なエネルギーを使って、工業を発達させ、生活を便利で豊かなものに変えていった。 つまり、化石燃料の持つ膨大なエネルギーが食糧生産から溢れ出た人たちの雇用を支えたのである。

第三次産業革命と第二次産業革命の違い

第三次産業革命(IT化)が、第二次産業革命(石油の使用による大量生産、大量輸送)と根本的に異なるのは、それがエネルギー供給量の増大を伴っていない点である。 エネルギーという観点から見ると、第三次産業革命は、流通の最適化などエネルギー使用の効率化を伴うものの、その効果には限界があるといえよう。

また、大きな問題として、アップル、グーグル、アマゾンといったIT企業は、非常に少ししか雇用を生み出さない、という問題がある。 
  
一例として、アップルがノースカロライナ州に 10 億ドルを投資して建設した巨大データセンターを挙げれば、新しく生まれた雇用はたったの 50 人分だけしかない。  

それどころか、デジタル技術の普及で職を失う、所謂、デジタル失業の問題が大きくなっている。 ホワイトカラーのアメリカの失業率は依然として高いままだが、こういったデジタル失業した人々への雇用確保が進まない限り失業率低下は難しい。

「デジタル化が脅かすFRBの失業率目標」は示唆に富む記事だ。

米国輸出入銀行EXIMの支援を受けた企業は2012年、製品とサービスの売り上げを増やし、これらの企業が利益を計上し、経済が拡大するのを後押しした。だが、こうした売り上げを生むために必要だった労働者の数は、活況を呈する業界(エンジニアリングデザインなど)でさえ減少した。2012年度だけで12%もの減少だという。EXIMは、主に米国の労働者を雇用し、概して新興国を生産への脅威ではなく、需要拡大の源泉として見ている米国企業に資金を供給しているとのことで、この雇用の減少の原因が、デジタル化による生産性の上昇かも知れないというのだ。

生産性の上昇が雇用を押しつぶす 

生産性の向上により失われた雇用を吸収する新たな産業が育っていないことは明らかだ。 それは何故だろうか。 

これは、非常に単純なことだ。新たな産業が出来るには、まず新たな市場、新たな需要がなくてはならない。 しかし、個々の企業が生産性の向上を行っても、社会全体が豊かにならないために、そのような新たな市場や新たな需要は生まれないのだ。 

それでは、なぜ生産性の向上が社会全体を豊かにしないのか、というと、エネルギー供給に限界が生じているからだ。 即ち

       エネルギー資源の減耗 ⇒  社会の豊かさの減少   
 

が既に顕在化している。 これが分かりにくければ、ドライブに出掛けることを考えればよい。 ガソリン代が高騰すれば、外食に掛ける金額も自ずと減少することが納得できるだろう。 エネルギー資源の減耗がエネルギー価格を高騰させ、その分だけ世界は貧しくなるのだ。   実際、98年と比較すると、日本の現在の化石燃料費は年間20兆円ほども増加している。 これは国民一人当たり17万円程度の負担増であり、実際、それに呼応して実質賃金が下がっているのだ。 

旧来の需要は、既に、少ない人員で賄うことができるが、新たな需要を生もうにも、世界全体の

     物質的豊かさ = エネルギー産出 × エネルギー効率 

が伸びない現状では、

     生産量(付加価値)= 労働生産性 × 労働量 

の左辺が一定ないし、減少するために、生産性を高めても。社会全体の労働量が減るだけなのだ。 

従って競争のために不可避な生産性の上昇が、多くの失業者を生む一方、エネルギーコストの上昇に伴って、需要はどんどん減るという困った状態が続くだろう。 

雇用の流動化は不可避であり、それにより個々の企業の競争力は高められる。 しかし、その一方で、失業率の上昇、低賃金労働者の拡大が起きることは、覚悟すべきだ。 

将来的には、多くの人が職を持たず、ベーシックインカムで暮らし、ボランティア活動に生きがいを見出すような社会に移行するのかも知れない。 

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