今こそ「辛気くさい議論」が必要だ

石田 雅彦

世間一般からどうも「辛気くさい野暮天」という目で見られ始めているのが、今の円安株高状況の中で危機意識を煽るような発言をしたり、安倍政権の金融経済政策、いわゆるアベノミクスに批判的議論を始めたりする人たちです。どういう意味かと言えば「今の上げ相場に水を差すな、余計なことを言うな」というムードが日本をおおい始めているのでは、ということ。「インフレ期待」なんていう言葉があるように、景気の上下動が大衆心理から多大な影響を受けるとするなら、この上げ相場で儲けたがっている人々のみならず、一般国民にとっても「辛気くさいことを言う人間は敵」というわけです。


こうしたムードは「空気を読むのに敏感な日本人」の言動を大いに左右します。「ネジレ」てるはずの参議院でも、巨額補正予算が一票差で可決成立される、というように、一種の「忖度政治」が現実に行われるようになり「抵抗勢力」というレッテル貼りを恐れる政治家ばかり。テレビや新聞、週刊誌などの既存マスメディアにしてもそう。あれだけ前政権への批判を繰り広げたのにも関わらず、いくら「ハネムーン期間」だからと言っても、安倍政権に対してほとんど耳に痛いコトは書かない言わない、という状態。ヘタなことを言うと証券業界から総スカン、株やFXによる儲け話の一つも書けないと部数が伸びない、なんて状況になってもいるようで、この「イケイケどんどん」というムードはさらに醸成され、現政権への批判勢力が沈黙せざる得ない雰囲気になりつつあります。

実際、昨年末の政権交代以降、年越しをまたいで円安が進み、株価も上げ基調で推移してきました。先週はイタリア総選挙の結果からEU発の金融危機再燃か、という状況が勃発し、様子眺めで円高株安になった展開から、一転して株価が戻って高値を更新。2月に入って90円台に突入した為替相場も、同上の理由からもみ合いが続いて重い展開になっているものの、先週の終値がドル円93.67円ということで、まだ円買いの展開にはなっていません。EU問題がくすぶる中、好調な米国の存在もあってか日本経済はかなり粘り強く頑張ってる印象があります。

ただ、昨年の総裁選で安倍氏が自民党のトップに返り咲いてから続く国民の「期待感」が野田前総理の総選挙の判断ミスを誘った、という意見もありそうで、これも「ムード」。民主党の一部から「三本の矢は我々が始めに言い出した」なんて反発が出ても安倍総理から一蹴される始末で、手柄の争奪戦にも決着がついて「ムード」は一気呵成に自民党へなびいています。「財政再建」が使命だった民主党時代の緊縮ぶりに国民がウンザリし、「白河の清き流れに耐えかねて元の濁りの田沼恋しき」的な感覚が、今の「上げ上げムード」につながってもいるんでしょう。

経済の好転ぶりについては、単にタイミングが良かったのか、世界経済が持ち直しているせいか、それとも安倍政権の政策効果なのか、いろんな分析や意見があると思います。ただ、あの口うるさいG20の面々から日本の金融経済政策に対し、なんの文句も出なかった、というのも何やら薄気味悪い。

ここ十数年間の日本は、国家財政をジワジワと悪化させつつも、バブル時の不良債権をコツコツと処理し続け、失業率を上げない代わりに賃下げに付け替え、リーマンショックもジッと耐え、それらの影響で起きたデフレ不況も同時に受け入れてきました。青息吐息の世界経済に対するバッファの役割を負わされてきた、とも言えます。G20での日本の金融経済政策に対する「好意的ムード」は、米国経済が好転、戦争経済依存から脱却しつつあり、EU発の金融危機や中国のバブル崩壊も回避されつつある中、日本もようやく美味しい目を見るお許しを主要国から得た、と見ることができるかもしれません。

とは言っても、日本が陥った1980年代末のバブル経済は、ブラックサンデーで疲弊した米国経済を救済するためにイヤイヤながら突入させられたのでは、という意見もあり、あまり調子に乗って「上げ上げムード」ではしゃいでいると痛い目にあいます。いわゆる「三本の矢」にしても、最初の矢は「ムード」を作り出し、大衆心理をポジティブにするためのものにしか過ぎない。二本目の矢である補正予算は「実態経済を上げる」ために重要であり、これが成立しなければ今の「ムード」はまさに「バブル」以前にしぼんでしまうでしょう。その危機感からネジレている参議院でも可決されたわけですが、安倍総理は「ムード」を人質に取った、とも言えます。

イタリアやスペインの国民から緊縮財政政策に対する「ノー」の声が上がり始めています。EUはさすがにもう切羽詰まっている、という意見も根強い。景気がいいのに越したことはありません。しかし、日本人はただでさえ付和雷同型な行動をしがちです。懲りないのも人間。実態経済のポテンシャルがないまま「ワッショイワッショイ」とバブルへ突き進んでいけば、再び莫大な不良債権を抱え込むことになります。もちろん、根拠のないネガティブなだけの政策批判は有害無用ですが、三本目の矢である成長戦略については「上げ上げムード」に冷水を浴びせかけて拙速な「バブル」を生じさせないための議論が必要、と思います。