「リフレ派の手本」高橋是清はなぜ殺されたのか

2013年03月04日 07:00

素晴らしい? 高橋是清のマクロ経済政策

0017_l-s昭和11年(1936年)2月26日、日本陸軍の将校が1400人の兵士を不法に動かし、政府高官、また警視庁警察官など9人などを殺害するテロ「2・26事件」を起こした。ここで当時の大蔵大臣だった82歳の高橋是清も殺害された。今年は仏教上の区切りである七十七回忌だ。それに加えて彼の死は、現代的な意味を持つ。


高橋をリフレ派が讃えている。麻生太郎財務相は政策で「高橋是清を模倣する」そうだ。アベノミクスを絶賛するブードゥーエコノミストの某氏が現代の女性美人首相に高橋是清から手紙が届き、日本経済を救うというファンタジーを書いているという。(読んでいないが、冥界からの手紙は後述するようにブラックユーモアにしか見えない…。)

_SL500_AA300_日銀批判を繰り返してきたが、驚く事に日銀副総裁に指名された学習院大学の岩田規久男教授は編著の『昭和恐慌の研究』(2004年、東洋経済新報社)で、高橋の金融・財政政策を分析している。積極的財政出動と日銀の国債引き受けを肯定的に受け止め、インフレ期待を引き起こせるとの議論を展開した。後年の岩田氏の過激な日銀批判の言説と違って、学術書としても、読み物としても、興味深く読めた本だった。

高橋是清は蔵相に1932年に就任。恐慌からの脱却を図るため拡張的なマクロ経済政策を行い、日銀による国債直接引き受けが行われた。当初は物価も安定し、昭和恐慌から早期脱却できたとみられている。実質国民総生産(GNP)は32-36年度は年平均プラス6・1%、インフレ率(GNPデフレータ)も1・5%程度の上昇におさまっていた。この結果は、一見すると素晴らしく、この20年のデフレ局面で繰り返しこの事実が引き合いに出された。

書かれていない殺された理由

ただし、岩田氏の本、また多くのリフレ派の議論は問題があると、多くの経済史家に加えて、日銀も指摘している。国債引き受けというが、当時は国債市場が未成熟だったために、一度日銀が買い取り、その後に市場に転売・流通させていた。日銀は高橋財政の期間は、バランスシートを痛めず、インフレも起こしていない。詳細は白川方明日銀総裁、2011年度日本金融学会講演「通貨、国債、中央銀行 -信認の相互依存性」を参照されたい。

加えて、岩田教授も、他の賛美者も強調していない点がある。高橋が殺された理由だ。37年度の予算編成で、高橋は軍事費の抑制を検討したため、青年将校に敵意を持たれたとされる。しかし、そうした状況を生み出したのは高橋自身であった面もある。私は記者であり、経済学的な分析だけではなく、社会と政策の関係という点に関心を持ってしまう。

当時は31年勃発の満州事変、また33年の欧州でのヒトラー政権の成立、36年の海軍軍縮条約の日本脱退で、国際的な緊張が高まっていた。その中で、高橋は明治憲法下で巨大な政治勢力を持っていた軍部をなだめるため、陸海軍予算を増加させてしまった。

高橋は当時の二大政党の政友会系の政治家だ。当時の政党政治の状況を私の理解でまとめれば、民政党から政権交代をした政友会は、財政による大盤振る舞いをしがちであった。公共事業で国力増進と同時に選挙の利益誘導をするという戦後自民党政治の原型は、大正期の狡猾な大政治家である政友会の原敬がつくったものだ。明治期の自由民権運動の系譜を引く民政党は、比較的リベラルな政策を打ち出した。海軍軍縮条約の妥結や、財政危機脱出、金解禁の準備などのための財政緊縮策だ。さらに幣原外交に代表される諸外国との協調路線を行った。

政友会は30年のロンドン海軍軍縮条約の締結の際に、軍の権限を拡大解釈する統帥権干犯問題を持ち出して政府攻撃を繰り返した。さらに幣原外交を「軟弱」と批判。統帥権はその後、陸軍が政党内閣をつぶす根拠になるし、対外的な強硬策を支持する風潮も強まる。32年に政権を奪還した政友会の犬養毅首相は、515事件で海軍の青年将校に暗殺される。そしてテロにより、拡張した軍事費の抑制にはなかなか手をつけられなくなる。もちろん私は高橋の死を悼むが、政党政治の混乱、226事件の遠因は、高橋ら政治家が一部をつくった面もあった。言葉は良くないが、政策を政争に使った罰が当たったのだろう。

そして歯止めの効かなくなった軍備拡張は、中国、米国との衝突を産み、連合国との戦争につながっていく。そして敗戦後のハイパーインフレは、社会構造を壊した。

結論・ヤバい政策は止められない

もちろん、かつてのように軍が巨大な存在感を持つことは、現代日本では考えられない。しかし一度、財政を増やし、利権や既成事実がつくられると、財政支出を止める事は難しくなる事情は軍事費も他の予算も変らない。日本政府の債務残高(国債、政府借入金、政府保証債務の合計)の推計値が1122兆円と天文学的な数字になったのは、「止められない」ことが繰り返されたためだろう。

アベノミクスの内容は大胆な金融緩和と積極的財政出動という。ところが、その実態は高橋財政のときと同じように、日銀による財政ファイナンスであろう。当時の軍事支出がそうであったように、生産性の低い部門に公的な資金を投入しても経済全体が強くなることはない。

ちなみに、白川日銀総裁は先ほど紹介した講演で次のようにまとめている。

高橋蔵相は軍部の予算膨張に歯止めをかけようとして凶弾に倒れ、結局はインフレを招いたわけですが、たまたま軍部の予算膨張を抑えられなかったのではなく、市場によるチェックを受けない引受けという行為自体が最終的な予算膨張という帰結をもたらした面もあったのではないかと思っています。現在、金融政策を巡ってよく用いられる言葉を使うと、引受けという「入口」が予算膨張の抑制失敗という「出口」をもたらしたと解釈すべきではないかということです。

財政では一度「入口」がつくられてしまうと、その終局点は失敗という「出口」しかなくなってしまうという意見だ。私はこの考えに同意する。

images私は226事件を産んだ1930年代の時代の空気を文献でしかしらないが、「閉塞感」そして「世直し願望」に満ちていたようだ。これは今の日本の各所に見られる。226での暴走者は未熟だった。同じように世直しを表明した民主党政権は未熟さゆえに失敗した。(写真は映画「226」(89年)ポスター)

経済政策の失敗と時代の閉塞感、そして世直し願望が結びつくと何が起こるのか。1936年当時は誰も予想しなかっただろうが、その9年後に大日本帝国は国土が米国による空爆で灰燼に帰してしまった上に、政治体制まで滅びてしまう。そして財政の面からも破綻した。同じことが起こるとは言わないが、アベノミクスで財政破綻リスクをはじめ、未来に不透明感が増す事は確かだ。

「賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶ」という使い古されたことわざがある。「我田引水」という批判を受けそうだが、高橋是清の人生を、死の意味にも注目して現代の私たちは考えてみるべきではないだろうか。「リフレは正しい」ではなく、「ヤバい政策は止められなくなる」ということを考える材料として。

石井孝明 経済ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com
 ツイッター: @ishiitakaaki

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