生活保護「減らす」という単純な解決策を--「貧しさに安住する心は恥」

2013年03月08日 10:02

弊害だらけの生活保護制度

imagesこのコラムでは、生活保護問題で、暴論に聞こえるかもしれないが、「給付を減らす」という、単純な解決策を訴えたい。

生活保護問題の支出が繰り返し話題になる。全国の給付額は、現在約3兆7000億円。私は、この問題について知見は少ないが意見を述べたい。深く調べる気が起きないのは、生活保護問題の構造そのものが不快で、知的好奇心が起きないためだ。


私は将来に不安を持ちながら、日々の糧を得ようと働き続けている。日本人の大半はそういう日々頑張る労働者であろう。こうした人にとって「税金を食べる人」はとても不快な存在だ。私は公務員の方々でさえ(私のために公益の仕事をしていただいても)、その給料が税金から出る事を、あまり好ましいとは思えない。もちろん生活保護が本当に必要な人はいるだろう。しかし働けるのに働かず、国から施しを受ける人の存在は、怒りさえ覚える。

しかも、いびつな制度が、企業の雇用をゆがめている面もある。5年ほど前、大田区の製造業の社長を訪ねた事がある。当時も今と同じように、貧困問題をメディアが同情して報じていた。この社長は次の言葉で嘆いていた。

「年収300万円クラスの仕事はたくさんあり、求人もしている。けれども、なかなか集まらないし、勤めても辞めてしまう。いい待遇を出せないこちらも悪い。けれども、今の生活保護制度では、医療費、家賃がただになる。そっちを選ばれてしまう。何かがおかしい。新聞やテレビはこの現実を伝えてほしい」

大阪市など一部の自治体では生活保護の不正需給の監視員を、税金で雇うという滑稽な状況に陥っている。とてもばかばかしい姿だ。

はっきり言う「ほどこしは恥ずかしい」

生活保護問題が不快であるのは、もらう人の意識におかしさを感じるためだ。このコラムを書こうとしたきっかけは2つのニュースだ。

2013030715_01_1一つは日本共産党機関紙「赤旗」の7日の記事。ちなみに、この記事に出てくる左派系弁護士の宇都宮健児氏は、貧困がらみで利益の出る仕組みを作り上げた人だ。(参考、私のコラム『選挙前に「正義のみかた」を考える-宇都宮健児氏と視野の狭い政策論』)(写真は赤旗の記事より)

●生活保護 声あげなきゃ-恥でも恩恵でもない 権利」

「命を脅かす引き下げは反対!」―。貧困問題に取り組む人たちでつくる「STOP!生活保護基準引き下げ」アクションは6日、厚生労働省前で生活保護基準引き下げを阻止しようと行動しました。その後、国会へデモ行進しました。

呼びかけ人の一人、宇都宮健児弁護士は「生活保護は憲法25条を具体化した制度で、恥でも恩恵を受けるものでもなく、権利だ」と強調。さいたま市から参加した男性(48)は「ぼくら当事者の実態を見ずに、過去最大の引き下げを自公政権はしようとしているのは許せない」と語気を強めました。(後略)

もう一つは3月6日の朝日新聞記事だ。(リンクなし)

●生活保護 子供に言えない
「今度試合に出るんだよ」。長男(11)が笑顔で報告するたび、大阪府内の女性(42)は心の中でため息をつく。…長女(10)が不登校気味で、働くことはできない。(後略)

母子家庭への同情に満ちた記事だが、家計簿が公開されていて驚いた。月額で合計28万8000円、内訳は生活扶助21万6000円、住宅扶助5万4000円、教育扶助1万8000円を国から得ている。子供に罪はない。しかし、この親は働かずに、国に生活費を依存している。ほどこしを受けるという親の姿が、教育に一番よくないと思うのだが。

はっきり言うが、「ほどこしを受けて恥ずかしくないのか」と感想を抱く。これらの記事の登場人物には、ある種の開き直りとも感じられる卑しさや狡さを感じてしまう。こうした人が受給者の一部であると信じたいが、制度がある限り甘えは続いてしまう。

生活保護問題の議論を続けても、永遠に問題は解決しないだろう。利害関係、同情の声に世界は満ちるからだ。しかも「人に頼る」という意識は一部の人の心には永遠に浮かび続けそうだ。

財政破綻の危機を前に

ゴルディアスの結び目」という逸話がある。ある神殿に、ゴルディアスの結び目と呼ばれる、紐が何重にもからんだものがあった。そしてこれをほどいたものは世界を支配できるとも言われていたが、誰もできなかった。のちに世界を支配したアレクサンドロス大王がこの神殿を訪れた。彼は説明を聞くと、何も言わず、剣を抜き一刀両断して、紐はほどけたという。複雑になりすぎた問題を、新しい、単純な解決で終わらせることが正しいと示唆する逸話だ。

私はこの問題を知らないからこそ、単純な解決策が取られないことを不思議に思う。複雑になりがちな生活保護の支給増加の問題を解きほぐす一つの解は、それを減らして個人を自己責任の世界に放り出す方向に、政策の舵を切る事だ。そしてそれに伴って、本当に必要である以外の生活保護を「恥ずかしい事」と、社会全体が糺弾するべきであろう。またほどこしをもらう甘えは、結局その人を不幸にする。

img-12600年前のギリシャのアテネに、ペリクレスという政治家がいた。トゥキディデスの『戦史』に描かれ、今でも民主主義下の独裁リーダーの一つの参考例として、西欧社会で注目されている。

この本で、彼のとても印象に残る演説がある。右も左も政治家が甘い言葉をささやき、温情主義に満ちた日本では絶対聞けない、しかし真理を突いた言葉だ。そして2600年経っても、人の本質は変らない。

「貧しいことは恥ずべきことではない。しかし、その貧しさから脱しようと努めず、安住することこそ恥ずべきなのだ」

「私たちは富を追求すべきだ。しかし、それは可能性を保持するためであって、愚かしくも虚栄に酔いしれるためではない」

働かないで生活保護をもらう人、そして事なかれ主義でそれを与え続ける政治家や役人に、この言葉を突きつけたい。

日本の国の債務総額は1122兆円と、GDPの2・4倍。財政は破綻寸前であり、どうせ現状のような温情に満ちた生活保護制度は、今後は維持できない。それどころか、こうした「税金を食べる人」が増えるほど、その破綻時期は早まってしまう。

今の時点で、生活保護を含めて「国に頼る人を生む」という政策すべてを見直さなければ、国家破綻に真面目に働くすべての人が巻き込まれてしまう。

石井孝明 経済ジャーナリスト  ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

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