経済成長がなくても豊かに生きよう-共有経済の勧め

2013年03月17日 05:06

最近、アベノミクスに関連して経済成長が話題になるが、これは、それが可能かどうか、ということは無視され、必要性から議論がされている感が強い。 

私は経済成長を希求することは否定しないが、先進国の経済成長は不可能になりつつあると考えている。 ここでは、その理由と経済成長がなくても豊かに暮らす方法について考えたい。 


先進国は何故不況に苦しんでいるのか?

日米欧の先進国は、現在、全て低成長に陥っている。欧州などは、日本よりひどく、今年も昨年に引き続きマイナス成長が予測されている。 

何故、このように先進国全体が、低成長に陥っているのだろうか? 

表面的には、アメリカの住宅バブル、金融バブルの崩壊(リーマンショック)、ユーロバブルの崩壊といったことが、ほぼ同時に起きた、という要因は挙げられるだろう。 

しかし、これは本質的な原因なのだろうか? もっと本質的な原因は存在しないのだろうか? 

もし、バブル崩壊が本質的原因であるなら、現在の景気低迷は景気循環と捉えられるから、金融緩和や財政出動といった、通常の景気刺激策で、再び成長軌道に復帰できるはずだ。

しかし、恐らく多くの人たちが考えているように、これは正しくない。 少なくとも、私はそのようには考えない。 アベノミクスを囃している人たちの多くも、内心は、「こんなことで景気回復するのかな」とか、「上手くいかないかもしれないけれど、やってみるか」くらいにしか考えていないと思う。

一方、構造改革を唱える人もいる。確かに、雇用規制の撤廃などの規制緩和は重要だろう。 私も賛成だ。 だが、規制緩和をしたら、日本経済は大発展するのだろうか? 年率2%程度の実質成長が達成できるのだろうか? 

実は、私は、これも信じていない。正直に言えば、 「そんなわけがない」と思っているのである。 なぜなら、先進国の経済成長を困難にしている本当の理由は、そんなところにないからだ。 

私が考える最も説得力のある先進国の経済成長が難しい理由は、  世界の物質的豊かさに限界があり、それを経済発展が著しい新興国と、先進国が奪い合っているから という極めて簡単な理由だ。

      物質的豊かさ = エネルギー供給量 × エネルギー効率 

だから、エネルギー供給に限界があれば、先進国が全体として物質的に豊かになる、あるいは豊かさを維持しようとするためには、新興国の物質的豊かさへの希求を否定するしかない。

そして、エネルギー供給に限界が生じていることは明らかだ。 IMFの予測によれば、2022年には原油価格は1バレル180ドル前後OECDの予測では2020年には原油価格は1バレル200ドル前後、最悪270ドル(低位推計でも150ドル)と予測されているし、代替エネルギーも大規模には存在しない。 その上、食糧生産にも限界が生じている

そして実際に、先進国が原油消費を減らし、新興国が原油消費を増加させている。

oil-consumption-by-area

Our Energy Predicament in Chartsから転載)
 
これでは、先進国が経済発展するのは難しい。経済成長とエネルギー消費量には非常にきれいな一次関係が成り立つからだ。 

共有経済という考え方

このように論理的に考えれば、金融緩和も財政出動も、規制緩和も、本質的に先進国の経済成長を可能にはしてくれない。  

イギリスの独立系シンクタンクnefのレポート:The economics of oil dependence a glass ceiling to recoveryが述べているように、石油に大きく依存した先進国経済は、1バレル90-100ドルを超える原油価格では、持続的な経済成長は難しいと考えてよい。 つまり、経済成長が加速した途端に、原油価格が上昇して、リセッションに陥るというトラップから抜け出せない。 しかも、経済成長してもエネルギー価格の上昇分だけ、実質賃金は下がるのだ。 今後、新興国需要の増加と共に、否応なくエネルギー価格は上昇する。 余程の奇跡でも起きない限り、先進国の国民は経済成長のない世界に生きなくてはならないだろう。 技術革新は無限だ、シェール革命が起きているじゃないか、メタンハイドレートもあるじゃないか、という人もいるだろう。 だが、シェールガスがアメリカ自身の天然ガス需要さえ満たしていない事実、シェールオイルが楽観的なIEAの予測通り、2020年に現在の4倍日量400万バレル産出したとしても世界の1日の需要量のわずか5%という事実を冷静に見るべきだ。 

長期的にはエネルギー構造を転換して化石燃料に依存しない経済を作る必要があるが、これはずっと先のことだ。 10年程度で自動車、バス、トラックを電化するなど全く不可能な話で2020年までに自家用車の10%も電化できないだろう。

その上、先進国はどこも財政破綻を心配すべき状況で、高い経済成長は望ましくても、政府の力は減ずる一方だ。 高い経済成長など、夢のまた夢であることは、疑いようのない事実だ。 

経済成長がなくなることが不可避であるなら、我々はいかに行動すべきだろうか。 

物質的に豊かでなくなるということを前提にすれば、モノを効率よく使うということが、大事になるだろう。 最近のエコノミスト誌に興味深い記事:The rise of sharing economyが掲載されている。 sharing economy(共有経済)とはITを上手に使って、自動車、サーフボード、宿泊など、今あるものを、シェアすることで、少ないモノで豊かに暮らそうということを意味する。 

これは素晴らしい。 自家用車は原則なくし、カーシェアリング。出来るだけ定員一杯で相乗りして、シェア。住居は広めの一軒家を数人でシェア。 個人のデータはクラウド上に置いておけばばパソコンだって個人で持ち歩かなくてもよい。 ピアノやバイオリンなどの楽器は質の良いものをシェアして使えばいいし、スキーやサーフボードのような嵩張るものは、全て貸し借りで済ませてしまう。始めは不便に感じるかも知れないが、スマートフォンの操作で、帰宅時間に合わせて駅から自宅までの車を予約、という生活も可能だろう。 

経済成長がなくても豊かに生きる方法だって、必ずあるはずだ。今までの私有に拘る生き方にしがみついても疲弊するだけなら、パラダイムを変えよう。 

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