夏の参院選ではどの政党に投票すべきか?

松本 徹三

安倍首相が遂にTPP交渉に参画する事を表明した。「農業が壊滅する」とか「保険制度が崩壊する」とか言って騒いでいる人達を「ある程度説得出来る」と踏んだのか、或いは「場合によれば切り捨てる」と腹を決めたのかは知らないが、とにかく「一つの大局的な決断」を下した事は評価すべきだ。遅ればせながら、「農業を成長産業にする」というメッセージも出した。成る程、「挫折」と「雌伏期間」は人間を一回り大きくするのだなあと思った。


しかし、その日の夕刊を見ると、早くも石破幹事長が、「農林水産部門の重要5品目の聖域化」を自民党の参院選公約に盛り込むと言っている。高市政調会長も、テレビ番組で、「下手な交渉をして国益が守れなければ、国会での批准は難しくなる」といった趣旨の発言をしている。こういう発言を聞くと、「やっぱり」という失望感が拭えない。

既にTPP交渉に参加している国の中には、「日本が入ってくると、農業問題を中心に色々注文を付けてくるだろうから、交渉が長引いて困るなあ」と考えている向きが多いと聞くが、むべなるかなと思う。「グローバル化」を必然と考えて、その中で自国の将来に思いを巡らしている国が殆どである中で、「孤立化」のリスクをいつまでも抱えている日本の姿を見るのは悲しい。

そもそも自民党が言う「重要5品目」とは何なのかと言えば、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖である。誰が、どのような理由によって、この5品目が「重要」であると決めたのかは明らかではない。勿論、コメは現在コメを作っている農家にとっては「重要」である。そういう農家を支援して流通を司っている農協にとっても「重要」だろう。しかし、それは少数の人達であり、圧倒的に多数の人達はとっては、コメは別に「重要」ではない。それよりもコメが安くなった方がよい。

私は、「農産品については工業製品とは別の扱いをすべき」という考えには、必ずしも全面的に反対するものではない。

工業であれば、技術力で負けるとか、投資のタイミングを失したとかの理由で競争力がなくなれば、その分野からは撤退し、競争力のある分野に転進して世界市場で競争するのが筋だし、やる気になれば、これはかなり迅速に出来る事だ。しかし、農業の場合は、転業は長期間にわたって徐々に行うのでなければうまくいかないだろう。沖縄などで砂糖栽培を一気にゼロにしなければならないような事態になれば、沖縄全土が荒廃する恐れもないとは言えない。

しかし、こういう問題は、あらゆるファクターを丁寧に計算に入れつつ、「国益」の観点からの「最大公約数」である「具体策」を論じるべきものであって、「聖域」とか「絶対反対」とかいう言葉を使うべき問題ではない。

過激な言葉で「絶対反対」を叫んでいる人達は、多くの国民にそれが理解されるかどうかをよく考えてみた方がよい。(序でに言うなら、「有事における食料の安全保障」といったような簡単に論破される「脅かし」に類する事も言わない方がよい。)それよりも、現実的な問題点を丁寧に分析したて上で、「妥協案」や「段階的移行策」を誠実に提案していくべきだ。

大衆紙の俗悪な政治記事に一々コメントしてみても仕方ないが、今日の「日刊ゲンダイ」を読むとこういう事が書いてあった。

「TPPについては、医師会は連日意見広告を出して反対している。JA(農協)は4000人デモ行進で反対した。未来の繁栄を約束するものであれば、何故かくも反対運動が起こるのか」

医師会や農協が反対するのは、言うまでもなく自分達の既得権を守りたいからであり、別に驚くには値しない。有権者は、色々な人達の考えを聞いた上で、それぞれの立場から判断するだけの事だ。むしろ、こういう団体に所属している人達があまり熱心に反対していると、「これ迄は何か余程おいしい恩恵を受けていたのかな」と勘ぐられる恐れもある。

そして、この記事の筆者の結論は、「安倍首相の狙いは、国益を害してでもアメリカの歓心を買い、アメリカの力で政権を維持させて貰う事だ」というのだから、流石に思わず吹き出してしまった。政権を維持するには選挙で勝つ事が必要であり、選挙権を持っているのは米国政府ではなくて日本の有権者なのだから、この人も記者稼業を続けたいのなら、もう少し気の利いた推論をしてもらわなければ困る。

さて、参院選を控えた今、何よりも必要な事は、良質な解説で有権者が正しい判断をするのを助ける事だ。最終的な判断は、それぞれの有権者によって当然異なるだろうが、少なくとも「事実関係」と「論理」は、正確に、且つ分かり易く伝えられなければならない。(その意味で、今回の「日刊ゲンダイ」の記事などは絶好の反面教師になる。)そして、これはジャーナリズムの仕事であると共に、各政党の仕事でもあると思う。

これまでTPPについては曖昧な言い方に終始していた安倍首相が、今回はかなりはっきりした発言をした事で、参院選での論点はこれから少し変わってくるだろう。つまり「国の経済的利益の観点からみて、TPPの利点は無視できない」という点では、各政党はほぼ一線に並んだわけだから、これからの議論は、「聖域を設けての交渉の可否」と「交渉決裂の限界点」に焦点が絞られる事になる。

しかも、自民党の幹事長が「聖域として守りぬく」事を「公約」にすると明言した「重点5品目」は全て農産品なのだから、これからのTPPに関連する最大の議論は、「農業政策」に絞られたと言ってよい。大変面白い展開になってきた。

各党は様々な角度から日本の農政のあり方を考え、自らの見識を有権者に披露すべきだ。「農協が守りたいものは実は何なのか」を明らかにして、「それを捨てさせた上での新しい農政のあり方」を訴えれば、自民党との違いを明確にして幅広い国民の支持を得る事も、或いは出来るかもしれない。

さて、そうは言っても、これから5ヶ月弱の間に自民党が何か大きな失敗をおかさない限りは、夏の参院選でも自民党が大きな勝利を得る確率はかなり高いと、多くの人達が見ているのは確かだ。そうすると、長年懸案だった「ねじれ現象」は解消し、日本にもやっと「決断し実行する長期政権」が生まれる事になる。これは勿論良い事だが、健全な野党が育っていないと、リスクも多い。

私自身が夏の参院選で自民党に投票するだろうかと言えば、現時点では否定的だ。安倍首相は人間として嫌いではないし、期待するところもあるが、健全な野党が参院で存在感を示し、政権党がやりたい放題をしないように監視してくれる事の方が、やはり私にとっては重要だからだ。(「何でも反対」ではなく、案件ごとに是々非々で対応してくれる野党の存在により、自民党の公明党依存が薄まる事も、私にとっては望ましい。)

ちなみに、再び訪れるだろう「自民党による長期政権」の下で、最も警戒せねばならないのは下記の三点だと、私は考えている。

  1. 「既得権者」を守り続け、現在の日本にとって最も重要な「労働移転」を阻害する事。
  2. 「政・官・財」の「鉄のトライアングル」が復活し、密室の中での政策運営が再び日常化して、産業の活性化を妨げる事。
  3. 利権の温床となる「公共事業」が再び肥大化し、「財政破綻」のリスクが増大する事。

さてさて、夏の参院選ではどの政党に投票すればよいのだろうか? まだ時間があるから、もう少し様子を見るしかないだろう。