政治的存在としてのローマ教皇にまつわる話

2013年03月29日 00:23

ローマ教皇ってなに?

2013年3月13日、第266代ローマ教皇として、アルゼンチン・ブエノスアイレス大司教のホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が選出された。およそ2000年の由来があるローマ教皇史上、初の「非ヨーロッパ人」教皇誕生の瞬間だった。

ローマ教皇は、全世界のカトリック教徒12億人の精神的支柱である。それは他のあらゆる宗教・宗派の最高位の司祭と同様に崇高な存在であり、カトリック教徒以外の人間にとっても、再びあらゆる宗教の指導者と同じく、深い敬畏の対象であることは論を待たない。


同時にローマ教皇は、これまた他のあらゆる宗教の司祭長と同様に、政治的存在でもある。信者ではない者から見れば、普段でもそれは同じだが、先日行なわれた教皇選出会議、いわゆるコンクラーヴェのようなイベントに即して見れば、ローマ教皇という存在の政治色はますます濃厚になる。

宗教的存在としてのローマ教皇は、あえて分りやすく言えば、日本における天皇と同じである。多くの日本人にとって天皇が常に崇高な存在であるように、多くのカトリック信者にとっては教皇は、モラル上のほぼ絶対的な存在である。

コンクラーヴェ:教皇選出秘密会議

そうした信者にとっては、カトリックの司祭である枢機卿がバチカンに集合して、教皇選出の秘密選挙を行なうコンクラーヴェでさえ、神聖崇高な宗教儀式として捉えられる。選挙が外部との接触を完全に絶った密室で行なわれ、いきさつも駆け引きも正式には知りえない、ミステリアスな設定の中で決行されることが、無邪気な信者の目を曇らせるのである。だがコンクラーヴェは、清濁の思惑、特に濁の魂胆が激しく錯綜する、極めて世俗的な政治ショーの側面も持つ。

2013年3月12日に始まったコンクラーヴェは、三つの観点からバチカンの長い歴史の中でも特筆に価するものだった。一つは非世襲の終身職と考えられていた教皇職を、第265代教皇のベネディクト16世が突然辞任する、という異様な事態を受けて召集された点。二つ目はローマ教会が聖職者による幼児への性行為、差別問題、バチカン銀行の金融不正事件など、多くの難問を抱えている渦中であること。三つ目は、バチカンが改革を迫られた結果、史上初の非ヨーロッパ人の教皇が誕生する気運が高まっていた点である。非ヨーロッパ人の教皇は、それがもしも黒人やアジア人である場合は特に、革命と呼んでも構わないバチカンの大きな変革の証になる筈だった。

今回のコンクラーヴェでは、黒人とアジア人を含む10人前後の枢機卿が教皇候補として下馬評に上っていた。が、本命と見られる候補者は存在せず、かつ非ヨーロッパ系の候補者が多くいるという特徴があった。またそこには、最終的にローマ教皇に選出されるアルゼンチンのベルゴリオ枢機卿の名前はなかった。僕が知る限り、イタリアの多くのバチカンウオッチャーの記者やジャーナリストも、誰一人として彼の名を挙げる者はなかった。完全なダークホースだったのである。

ベルゴリオ枢機卿は、退位したベネディクト16世が教皇に選出された2005年のコンクラーヴェで次点に入り、そこで教皇候補としての使命を終えた、と見なされていた。ところが彼は今回の秘密選挙で第266代教皇に選ばれた。それ自体が驚きの結果だったが、コンクラーヴェの期間が予想に反して短かったことも人々を瞠目させた。というのも、黒人とアジア人を含む多くの非ヨ-ロッパ人候補が乱立する秘密選挙は、恐らく紛糾して教皇選出までに長い時間がかかる、と見られていたからである。

クーリアの暗躍?

予想外のベルゴリオ枢機卿が、これまた予想外の短時間で選出された裏には、CURIA(クーリア)の暗躍があったに違いない、と多くのバチカンウオッチャーが考えた。クーリアとはバチカン内で教皇を補佐して、カトリック教会のあらゆる管理行政を行なう強大な政治機構である。政教ががんじがらめに絡み合うバチカン市国の、いわば内閣とも形容できる中心組織。世界各国から集まった聖職者がそのメンバーだが、当然バチカンを抱くイタリアの聖職者が大勢を占める。イタリア人を中心とするクーリアのメンバーは、教皇選出に際しても強い影響力を持っていて、コンクラーヴェの度にその動静が注目を集める。

クーリアはバチカンのいわば保守本流であり、その基本姿勢は極めて明確なものである。組織は教会の改革に立ちはだかり、伝統を守ろうとする。それは、教会の既得権益を死守しようとする行動であり、世界中のあらゆる組織や機構や政治団体が指向するものと微塵も違わない。今回のコンクラーヴェにおけるクーリアのスタンスは、おおよそ次のようなものだったと考えられている。

彼らが支援する候補者は:
一つ、退位したベネディクト16世の基本政策を継承する保守志向の者。一つ、ヨーロッパ系の白人で、できればイタリア人。なぜならば近年、教皇にはポーランド人のヨハネ・パウロ2世、ドイツ人のベネディクト16世、と続けて外国人が選出されていて、その期間は35年の長きに渡る。彼らにはイタリア人教皇が懐かしいのである。一つ、イタリア人が無理ならば、せめてヨーロッパ系の白人に固執する。一つ、もしもそれ(ヨーロッパ人)も無理ならば、南北アメリカ出身の白人候補。それもできれば反骨心の強い北米人ではなく、南アメリカ人が好ましい・・など、である。

彼らはもちろん口が裂けてもアジア人やアフリカ人の教皇の誕生を阻止するとは言わない。が、もちろんそれが望みである。ローマ教会の徹底した変革を待ち望む、バチカン外部の世界の多くの人々とは真逆のスタンスを取っていると見られている。またクーリアは、腹の底では候補に上っていた2人の非白人(フィリピンのルイス・アントニオ・タグレ大司教とガーナのピーター・タークソン枢機卿)はもとより、南北アメリカ出身の教皇の誕生にも否定的だった。飽くまでも伝統に寄り添ったヨーロッパ人教皇の出現を望んだのである。

バチカンの真の主はクーリア、という説も

クーリアの基本的なスタンスにもっとも合致するのは、イタリア人のアンジェロ・スコラ大司教だと考えられた。事実コンクラーヴェの開催が決まった当初は、スコラ大司教が本命という噂がかなり強かった。その後状況は刻々と変化して、米国と南米の候補者が交互にリードしているという情報が漏れ聞こえてきた。同じ頃、前述の2人の非白人候補者の芽が消えたらしい、という情報も密かに流れていた。

有力と見られる候補が入れ代わり立ち代り変化する状況から、今年のコンクラーヴェは長引くと誰もが推測した。周知のようにコンクラーヴェは枢機卿の互選による投票で争われ、全体の2/3の賛成票を得る者が出るまで繰り返し行なわれる。有力な候補者不在の今回のコンクラーヴェでは、誰かが短い時間で当選に必要な票数を獲得するのは困難だと見られた。過去のコンクラーヴェでも紛糾する場合は選挙期間が長引くことが多い。同時にそうした場合には、大きな変革が成就される可能性も高くなる。例えばアジア人や黒人の教皇が誕生する、というような・・

だが結果は前述したように、誰も予想しなかったアルゼンチンのベルゴリオ枢機卿が教皇職に上り詰める、というドラマを生んで終結した。

クーリアは改革推進勢力と直接間接に次のように妥協をして選挙を牛耳ったと考えられる:
先ず選ばれるべき新教皇は政治的スタンスが退位したベネディクト16世に近く、伝統的保守派であること。事実、そのことを裏付けるように、新教皇は選挙終了直後から、ベネディクト16世路線の継承を示唆する言動をしている。一方でクーリアは改革派の顔も立てた。史上初の南米出身の教皇を選出することで、バチカンの小さくはない歴史的変革の第一歩を印象付けたのである。

また一連の画策によってクーリアは、世界政治のスパーパワーである米国の出身者をしりぞけ、アジア・アフリカ出自の教皇の誕生にも待ったをかけた。それでいながらクーリアは、そこの部分でも又したたかに益を取ることを忘れなかった。つまり、新教皇は確かに史上初の非ヨーロッパ人だが、彼はヨーロッパ移民の、しかも「イタリア人」移民の子孫なのである。クーリアの中核を成すイタリア人聖職者たちが、ほっと胸を撫で下ろす様子が見えるようである。

新教皇は改革の星?それとも・・・

新教皇は、初めての南米出身者であるばかりではなく、初めてのイエズス会出身者でもあり、しかも清貧の象徴であるアッシジの聖フランチェスコの名を史上初めて教皇名に採用する、など、初物ずくしである。それはあるいは、バチカンの本当の、大きな変革の始まりを示唆する出来事なのかもしれない。また彼は謙遜な人柄と質素な暮らしぶりで広く知られていて、そのことが早くも信者に愛され大きな人気を集めている。

しかし、新教皇フランシスコ1世の政治手腕は全く未知数である。バチカンの抱える多くの重大問題や、内外から高まっている改革推進圧力への対応、また史上初めてとなる、前教皇との共存、という課題もある。引退したベネディクト16世は、日本史に於ける上皇のように院政を敷く可能性が取り沙汰されていて、現教皇が果たして前任者の意向を無視して、自らの意志で自らが望む改革を進められるのかどうか、懸念されているのである。

そうした不安に加えて新教皇には、母国のアルゼンチンに於いて、汚い戦争と呼ばれた1970~80年代の軍事政権下で、独裁者に味方をしたのではないか、という極めて重い批判も向けられている。それは一歩間違えば、噂の虚実や真贋に関わらず、致命的なスキャンダルとして肥大強調されて彼の足元をすくう危険がある。

不透明な部分も多い新教皇の船出だが、これまでのところイタリアのメディアは、まだまだ祝儀コメントや分析や主張に終始していて、フランシスコ1世への批判や非難めいた報道はほとんどない。世界最大の宗教組織のトップとなったローマ新教皇の正念場はこれからなのである。

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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