「解雇ルール」についての誤解

池田 信夫

雇用保障の経済分析―企業パネルデータによる労使関係政府の産業競争力会議などで「解雇ルール」の議論が始まった。しかし先週、「朝まで生テレビ」でも言ったように、この議論には誤解がある。中小企業では解雇が行なわれているが、大企業では労基法にいう解雇はほとんど行なわれていないのだ。

本書によれば、大企業は業績が赤字にならない限り、ほとんど人員整理を行なわない。行なうのも2年以上にわたって赤字が出た場合で、東京都の調べによる1991~6年の実施率(中小企業も含む)は次のようなものだ:

  1. 新卒採用の停止:68.3%

  2. 配置転換:76.7%
  3. 出向・転籍:48.3%
  4. 一時帰休:25.0%

  5. 希望退職の募集:31.7%

  6. 指名解雇:13.3%


このうち1~4は人員整理とはいえないし、5は法的には依願退職なので解雇にはあたらない。「解雇ルール」が適用されるのは6だけだが、これは「整理解雇の4要件」などの判例で事実上禁止されているので、倒産まぎわの企業しかできない。これをルール化して金銭による解決を可能にすることは望ましいが、厚労省や労組が強く抵抗しているので不可能に近い。

重要なのは、希望退職のルール化である。現在は「肩たたき」のような形で退職に追い込むとか、拒否した場合には草むしりをやらせるなどの陰湿な方法しかないが、これをルール化して、外資系企業のように金銭交渉で自主的に退職するルールをつくることが現実的だと思う。これは法的な規制とは無関係で、「評判」を気にしてぎりぎりまで人員整理しない大企業のカルチャーの問題だ。

本書も指摘するように、こういうカルチャーは、経営環境の激変にもかかわらず、ほとんど変わっていない。下の図のように、2002年の不良債権の最終処理や2008年のリーマン・ショックのような急激な業績悪化のときは人員整理を行なうが、それ以外のときは人員整理を行なう企業は数十社しかないため、業績の低迷が長期化する。


このバッファとなっているのが非正社員である。特に派遣や請負の規制がきびしくなったため、規制の弱いパート・アルバイトが増えている。彼らの待遇を改善するには、無期雇用(正社員)と3年の短期雇用しか認めない規制を撤廃し、有期雇用を全面的に自由化するなど、雇用形態を多様化する必要がある。

しかし厚労省の政策は、これとは真逆だ。今年度予算では、社内失業者の休業手当を政府が補填する雇用調整助成金が2100億円にものぼる。このように厚労省が正社員を守ろうとするのは、城繁幸氏によれば、厚生年金を守るためだという。これ以上、社会保険料を払う労働者が減ると、すでに破綻している厚生年金制度が崩壊してしまうからだ。

財界主導で「解雇の自由化」という言葉が先行すると、また「弱者救済」に名を借りた厚労省や労組に攻撃され、元も子もなくなりかねない。もっと現実的に、非正社員を含むセーフティネットや職業訓練を拡充して労働移動を促進する政策を考える必要がある。少なくとも労働者を「ゾンビ化」している雇用調整助成金は、ただちに撤廃すべきだ。