「こだわり」を価値や価格に変える方法 --- 岡本 裕明

アゴラ

バンクーバーで車を運転しながらラジオを聴いていたところ思わず聞き入ってしまったDJの話。美容室の価格差についての調査で、4人にカットの価格が3000円、7000円、2万円、6万円の店で髪を切ってもらい、一般の人にカットが高い順番に当ててもらうクイズをしたところ正解者はたった一人だったというのです。

DJ曰く、結局は自己満足の世界なのでしょうかね、というコメントが印象に残りました。


先日何気で入ったギャラリー。私のような美意識に欠ける人間はどうしても絵と価格を比較してしまいます。そして結果としてまったく理解できなかったのがその値付け。なぜ、こちらの絵が30万円でこっちが50万円なのか、といえば、サイズの違いという説明を昔聞いたことがありますが、残念ながら同じ大きさのキャンバスでした。とどのつまりは絵描きと購入者の満足度の需給関係ということなのでしょうか。

人はお金の使い方をどう決めているのか、と突き詰めていくと生活の基礎の部分プラス価値観なのかな、と仮定すると割とすっきりするかもしれません。日々の人間としての最低限の生活を送るのに食料や住むところ、着るものがあり、そこからどれだけ上乗せ価値をつけるかは個人次第ということになります。ごく、当たり前の話なのですが、この原点に立ち返ると案外、ビジネスの方向性を見出すことが出来るのかもしれません。

私は父親から衣食住のビジネスは絶対に廃らない、と何度もいわれ続けました。実家はちなみに「衣」のビジネスでした。私は「住」のビジネスが主体でこの7,8年は小さいながらも「食」にも携わっています。

日本がデフレや不況の時、「衣」の売れ行きは確かに下がりました。ですが、ビジネスとしてやりくりできる底堅さはあったようです。

「住」は日本と海外は根本発想が違います。日本は農耕民族ですから定住という発想が強く、同じところにずっと住み続けます。せいぜい、部分的な部屋のリノベを行う程度でしょう。欧米は狩猟民族ですからライフスタイルに合わせてどんどん住処を変えていきます。一生の間に5,6回ぐらいは変わるでしょう。ですから「住」の需要は常に高いものがあるのです。

「食」はこだわりの世界だと思います。弁当を持ってくる人は洋の東西を問わずですし、絶対にキッチンにたたないというのは九州男児だけでなく、ここカナダにもいます。私の店の常連客にも3食外食のみという方もいます。

冒頭の美容室の話ですが、髪型はこだわり以外のなにものでもありません。そしてそれに価値を感じるかどうかは値札がついていないので他人にはわからないものなのです。そういう観点から見ると、ブランド商品は値札が歩いているようなものですから自慢したい人には都合がよいのです。

以前、数人の仲間で立ち話中、一人が突然ネクタイを裏側にしてタグを見て、「あぁ、お前、○○のネクタイか、いいのをしているな」というのです。この話、気をつけていないと聞き流してしまうのですが、「○○のブランドだからいいネクタイ」であって、「いいネクタイだね、○○のブランドだったのか」ではないということです。

人のこだわりに対して他人はそれぐらい鈍感であるということでしょう。結局、お金を使わせる商売するほうとしてはファンを作り、宗教のごとく、ほれ込んでもらうことなのかもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょうか?


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年5月14日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。