情報洪水にどのように向き合うか?--「遮断」というユダヤの知恵

2013年05月17日 07:40

知恵の民族ユダヤ人
20060714000801情報が世の中にあふれる。しかし私を含めて情報洪水を処理しきれないという人が多いのではないだろうか。その向き合い方として、ユダヤ人の方から聞いた「情報を遮断する」という知恵をここで紹介してみたい。(小泉元首相の2006年のイスラエル訪問から。日本人には異質な人たちだが、その豊穣な歴史と知恵はとても興味深い)


ちなみにユダヤ人とは民族の呼称であると同時にユダヤ教徒であることも言う。私は日本人でありながらユダヤ教に改宗した国際弁護士で、教育コンサルタントでもある石角完爾氏のを何冊か編集した。石角氏は自分とご子息が米国の高等教育を受けたことから、日本の学生たちに、世界各国の進学情報を提供する仕事もしており教育にも大変詳しい。その知識の広さ、そして独特かつ鋭く適切な思考に感銘を受けることばかりだ。

ユダヤ人というと日本では「差別や迫害を受けた人々」「お金持ち」などの、ステレオタイプのイメージが広がる。ところが私が石角氏から受けた印象は「ユダヤ人とは学び続ける人たちだ」というものだ。文化・習慣の中に埋め込まれた学習習慣、学ぶ態度が、優れた人々を輩出していると理解している。

「メディアフリー」という教育者

私は記者として情報に向き合う仕事をしてきた。情報収集の習慣を持ち、そして大量の情報のさばき方を工夫してきた。(私の新聞利用術の記事「がっつくビジネスパーソンのための上手な新聞の読み方」)そこで情報をめぐるユダヤの知恵を聞いた。すると「情報を絞ればいいのですよ」と、私の考えとは逆の答えを石角氏は述べた。

石角氏によれば、ネット上の検索であまりひっかからないが、「メディアフリー」という言葉がアメリカの教育者の間で語られているそうだ。「・・フリー」とは、何かをしないという意味だ。広義のメディア、テレビ、電子ゲーム、インターネットを使わないようにすることという。子供にとって消化不良となるような大量の情報を与えると、情報を取捨吟味できなくなる恐れがあるとの意見が、教育者の間で広がるという。

石角氏の相手するユダヤ人やアメリカ人はインテリ層であろうが、子供の教育では、テレビ、コミック、携帯電話、テレビゲーム、パソコンを遠ざけさせようとしているという。「子供たちが本を読まなくなる」「時間が取られる」ためだ。「イエスもアインシュタインもマルクスもフロイトも、幼い頃に携帯やゲームがあったら何も生み出さなかっただろう」と言う人もいた。ちなみに人類に影響を与えたこの4人の知的巨人は、いずれもユダヤ人だ。もともとユダヤ社会の伝統では13歳で成人式を迎えるが、それまで外部の情報に触れさせないことを好ましいとした。

情報を遮断する「安息日」の勧め

またユダヤ人の宗教上の儀式が今日的な意味を持つという。ユダヤ教では一週間に一日、金曜日の日没から土曜日の日没までの「安息日」に情報を遮断する時間を持つ。安息日には仕事や心で心を惑わせてはならず、神のことを考え、家族や同胞と楽しく過ごす日とされている。基本的には宗教書以外の文章は読めず、仕事をしてはいけない。この日は、過去は火、今はエネルギーを使ってはいけない。だからテレビ、ラジオ、パソコン、インターネット、携帯電話は使えなくなる。

石角氏は安息日がとても快適という。体を落ち着かせながら、宗教や人生という大切なことに思いをはせ、情報は遮断する。安息日明けには心身ともに快適になるそうだ。心と体の緊張が止まり、リラックスするためだろう。ユダヤ人は誰もが「安息日と言う習慣があったからこそ、ユダヤ人は滅亡せずに生き延びられた」と言うそうだ。

私も日本のユダヤ教のシナゴーグ(宗教施設)で、安息日の集いに参加させていただいた。菜食中心の食事で、英語と日本語が飛び交い、とてもにぎやかで楽しいものだった。日本のユダヤコミュニティは小さいが、おしゃべりな好奇心の旺盛な人が多かった。日本人の大半が今は持たないが、宗教のコミュニティの中で警戒なく人と付き合い、知り合うということは、処世の上でも、心の健康の上でも、人生にさまざまなメリットをもたらすのだろうと思った。

弁護士という仕事は情報が成果を左右するそうで、今でも石角氏は必要なメディアの報道は見るし、参考文献や資料を集め、膨大な文章と格闘する。しかし安息日による情報遮断の快感を知ったために、無目的に情報を集めることはやめている。ユダヤ教を学ぶまではテレビニュースをつけ、新聞雑誌も大量に読んでいたという。

「メディア情報を制限するようになって損になったことは、ほとんどありませんでした。芸能人の名前やサッカーや野球の勝敗など、日本人との雑談の話題にはついていけなくなったことぐらいです。大量に接していた情報は、私にとって大半が無意味でした。逆に、深く物事を考えたり、大切な情報を集める時間が増えたのです」(石角氏)

ユダヤ人として、人間として、石角氏にとって大切な情報とは、人類の財産である過去の知恵だ。古典を読み、賢者と対話することで一段と学べるようになったという。特にユダヤ教には、聖書と宗教や人生について過去の賢者たちが残した膨大な記録がある。

減らすことが情報の質を高める。これは情報の発信でも言えるかもしれない。世の中を見渡すと、目立つことが正しいとされ、自らがメディアになって情報を発信することを勧める意見ばかりだ。しかしそうして発信された情報は、量はあっても質が伴わないことがある。

ここで思い出すのはツイッターでの情報発信、記者会見を駆使して情報をコントロールしようとする日本維新の会の共同代表の橋下徹大阪市長の姿だ。当初はその発信の姿は清新だったが、最近はその質に疑問を持つものばかり。「沖縄の在日米軍幹部に風俗業の「活用」を働きかけた」とか、「市役所の不祥事を避けるため風俗の利用も「(有効策に)なりえる」」など、発言は異常なものになっている。発信回数が増えたことで、余計なことまでつぶやいている。

情報を絞る「心の鍵」を持つ

「接する情報を減らすべき」という石角氏やユダヤ人の知恵に異論を持つ人もいるかもしれない。私は遮断という行動に興味を持ったが、記者という自分の職業の否定、そして「社会に取り残されるかもしれない」という不安から、それに踏み出すことをなかなかできない。私は毎日大量の情報に接して、無目的に情報を集めてしまう。私にはテレビを見る習慣はないものの、ネットサーフィンの時間、ツイッターの書き込みは毎日1時間以上になってしまう。

しかし冷静に振り返ると、ためになることも多い半面、その情報の収拾と発信が役立っているかは疑問だ。「忙しい」とは漢字でも「心が亡ぶ」と書く。情報の洪水は、逆に正常な判断を妨げる。深く物事を考え、ゆっくり思考する機会を奪っている。読者の皆さまも同じことを感じることがあるだろう。

もちろん人の人生と仕事ごとに必要となる情報は違うだろう。しかし情報に嫌でも触れてしまう現在、自分に取り込んだり、発信したりする前に「絞る」という心の鍵を持つべきなのかもしれない。

良書を読むには悪書を読まぬことを条件とする。良き文章を残すことは、無駄なおしゃべりをしないことだ。人生は短く、時間と力とは限られているから」。これは哲学者のショーペンハウエルの言葉だが、ユダヤの格言にも同じようなものがあるという。この「書」や「文章」の言葉は今では情報に置き換えられる。 

石井孝明 経済・環境ジャーナリスト ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

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