経済成長の終わり

2013年05月21日 15:00

イギリスのシンクタンク、New Economics Foundation (nef)がGrowth isn’t possible(成長は可能ではない) というレポートを2010年に発表し、気候変動やエネルギー資源の減耗を考慮すると、経済成長は続けられないと主張している(BBCの解説記事:Economic growth ‘cannot continue’)。

またnefは、昨年のレポート:The economics of oil dependence: a glass ceiling to recoveryで、原油価格が1バレル100ドルを超える水準では、石油に大きく依存した先進国は、経済成長できないことを主張している。

これら2つのレポートは非常に説得的であり、私も常々主張しているように、経済成長は物理的限界に達したと考えている。


欧州では経済成長の終わりが公の場で議論されるようになっている。2010年、イギリスでは政府委員会が、経済成長を前提としない「定常型経済」を目指す計画をまとめた。持続可能な社会のために今後の経済成長は諦め、労働時間を減らし、大量消費を抑えるためにテレビ広告を禁じるという。

ところが、日本では異次元の金融緩和が行われ、不可能と思われる高い経済成長を目指そうとしているし、FRB,ECBも金融緩和を行い、経済成長の促進を目指している。これはなぜだろうか。   

資本主義というトレッドミル

その理由は、資本主義自由経済の構造にある。 資本主義は一種のトレッドミルだ。つまり、資本主義自由経済は持続的に拡張を続けないと維持できない。つまり、資本に対して一定の割合の利益が出ていないと維持できない。

だから、ユニクロの柳井正会長が、Grow or die と言うのは、理解できる。ファーストリテイリングは2020年までに売上を5兆円に拡大するという計画を公表しているが、こういった強気の計画が、ファーストリテイリングの業績の拡大を予想させ、株価を押し上げる。成長期待がなくなれば、株価は暴落し、柳井氏の資産は大きく目減りするだろう。柳井氏は、このことを十分に理解しているから、Grow or die と言うのだ。 

だが、こういった持続的な成長を実現するのは、先進国においては、既に困難になりつつある。つまり、エネルギーを始めとする資源の減耗と、新興国の台頭による要素価格均等化圧力が、現在、先進国経済の成長を困難にしている。

先進国の国民は、現在の経済成長に満足していない。なぜなら、現在の社会制度、経済システムが、一定程度の経済成長を前提に作られているために、先進国の国民は絶え間ないストレスに晒されているからだ。

日本の場合、1990年のバブル崩壊後、20年以上の長きに渡って、平均の実質成長率は年率0.9%であったが、この数字は国民の間に大きなストレスをもたらしている。実際、銀行の貸出は低迷し、デフレが続き国債残高が積み上がり、株価も低迷した。資本主義経済は、機能不全に陥ったと言ってよい。 実質0.9%という経済成長率は、資本主義自由経済が正常に機能するには、低すぎるのだ。そのため時の政権は選挙の度毎に、より高い経済成長を国民に約束させられてきた。
 
経済成長の鈍化が、先進国の国民のストレスを大きくする理由は、経済システムが成長を前提としているからだけではない。もう一つ大きな理由がある。それは、資源の減耗である。例えば原油価格は、ここ15年ほどで、6倍以上に高騰した。 このため、その分だけ実質賃金が削られることになった。経済成長しても実質賃金は下がるのだ。 このため、日本ではデフレになったが、アメリカなど他の先進国においても、実質賃金は低下した。エネルギーと共に食糧価格も高騰し、アラブの春と呼ばれる政変をもたらすまでに至った。  

経済成長が十分大きくない限り、経済のシステム全体にストレスが掛かり、実質賃金も低下し、生活水準が下がるのだ。 その上、政府債務も持続可能でなくなる。現在の先進国経済の経済成長は、経済システムが持続可能でなくなったり、生活水準の切り下げを余儀なくされるほど低いものなのだ。

バブルの生成

確かに、現在の先進国の低い経済成長は快適なものとは言えない。しかし、これを無理に抜け出そうとしても、中期的には経済成長を大きくすることはない。なぜなら本質的な問題は、資源の減耗や環境制約という物理的なもので、これは簡単に解決しないからだ。

実際には、短期的に低成長を抜け出すには、バブルを起こす以外の方法はない。

その具体例が、アメリカの住宅バブルである。これは、低い格付けの債券を高い格付けの債券と組み合わせて証券化し、格付けを上げ、安全資産として売るという手法で、こうした証券を売りさばくことで、投資銀行などの金融機関が巨額の利益を上げたのである。

しかし、これはリスクが見えなくなっただけで、リスク自体は消えたわけではなかった。 バブルは弾けたが、この間に、ウォール街のトレーダーなどには巨額のボーナスが支払われ、バブルが弾けた後は、too big to fail により、金融機関の損失は、税金で穴埋めされる一方、庶民の多くが家を失った。そして金融緩和が行われ、資産価格が上昇し、富裕層が資産を大きくする一方で、庶民の暮らしは圧迫されることになった。 

このように、バブルの生成と崩壊の前後を比較すると、貧富の格差が増大することが分かるだろう。 金融というブラックボックスを通して、庶民から富が吸い上げられ、貧富の格差が拡大するのだ。  

こうしたバブルはヨーロッパでも起き、現在は、南欧のみならず、オランダにも飛び火している。  

そして、今また、アメリカにおいては、シェールバブルが生成され、それが崩壊しつつある。詳しくは、Shale and Wall Streetを見て頂きたいが、投資銀行などが、シェール資源の産出予測を過大に見積もり、売りさばいたのだ。2011年のシェール関係のM&Aは465億ドルに達している。その結果、過剰生産から天然ガス価格は暴落し、現在は、ババ抜きの敗者が生まれ始め、巨額の損失の償却が迫られる例が出始めているのである(「シェールガス、米社倒産で早くもバブル崩壊?電気料金値上げ抑制期待にも暗雲か」)。そして遂に、今までブームを煽ってきた投資銀行のアナリストがシェール革命に冷や水を浴びせ始めた。シェール資源も、その産出量維持には、次々に新しい井戸の掘削を続ける必要があるトレッドミルなのだ(「シェール革命はなぜバブルなのか」参照)。

このように苦し紛れにバブルを生成することは、格差を拡大させ、我々をより厳しい状態に突き落す。 緩やかな衰退のトレンドからは抜け出すことは不可能だ。

無理な成長は諦めるべき

低成長やマイナス成長は、大きなストレスだが、これを抜け出す方法は、核融合の実用化といった画期的な技術革新以外には、本質的に、存在しない。資源の減耗や、要素価格均等化圧力は、熱力学的な物理現象だから経済政策ではどうにもならない。 我々の物質文明は、緩やかな衰退期にあると考えるのが妥当だ。

従って、奇跡的な技術革新が起きない限り、グローバル化による平準化が進めば、先進国の生活水準は、次第に低下する。このことに抗うことは、全く不可能だといってよい。これを確かめるには、中国人が現在の日本並みの生活水準を獲得するには地球は3つ必要という事実だけ確かめれば十分だ。  

我々は、成長への努力はするにしても、成長は不可能になりつつあるという冷厳な現実を受け入れるべきだ。 無理に成長を引き起こせば、バブルが生じ、知らぬ間に格差が拡大し、より厳しい現実に直面せざるを得ない。魔法の杖はないのだ。

資本主義自由経済は成長期には優れた経済システムだが、気候変動や資源の減耗といった物理的制約の下では、続けることは困難だ。しばらくは続くだろうが、先進国の財政破綻といった暴力的な形で、終わる可能性が高いだろうし、ここで財政健全化を強力に推し進めても、経済成長が資本主義の維持に必要な水準を維持することは全く不可能であるから、やがて資本主義はその命脈を断たれることになるだろう。  

次なる経済システムは、どのようなものか、明確には分からないが、これを考えるのは経済学者の使命だ。経済成長があった時期は、人類の歴史の中で、ほんの短い時期に過ぎない。我々は、そういった意味で、経済成長のない「普段の生活」に戻ることを考えるべきなのだろう。残された資源の醜い奪い合いが起きることは、十分に予想されるが、奪い合いに勝ったとしても、大したことにはならないことは、イラク戦争が示している通りだ。

「普段の生活」を実現するには、おそらく世界人口を現在の10分の1以下に圧縮する必要があり、それが実現する2100年頃まで、我々は倹しい生活をしなくてはならない。 物質的に貧しくなることは確実だが、精神的に豊かになる工夫をすることで、豊かな人生を送ることを考えるべきだ。

我々は、成長の終わりについて真剣に議論すべきではないか。 

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑