安倍首相の外交スピーチがすばらしい--慰安婦だけが外交ではない

2013年05月28日 06:30

誠実な人柄が発言に現れる

Abe_Shinzo_2012_02安倍首相の一連の外交スピーチがすばらしい。美しい言葉を適切に使い、論理的で、構成も印象に残る工夫をしている。そして古典と名言の引用や論点の示し方で知性が感じられ、品位のある形で、スピーチの場に合わせて日本の外交姿勢を適切にアピールしている。

私は物書きの端くれで文章修行中だが、自らの力量の足りなさを自覚するゆえに、質の高い文章には敏感に反応してしまう。外交のスピーチライターの力量が、過去の首相のそれと比べて明らかに高い。書き手は複数であろうが、メインライターは外務省出向の首相秘書官であろうか。日本の役人の文章はつまらないものが多いが、特異な質の高さだ。


もちろん、これは伝える安倍晋三首相の人間性と知性も影響しているだろう。雄弁ではないが、誠実な人柄のうかがえるゆっくりとした話し方で、スピーチの美しい言葉が印象に残る。そして首相がフェイスブックに書き込んだ言葉と同じものが、スピーチに使われている。自らスピーチの作成に関与していることは明らかだ。戦略的に、言葉の力を使おうとしている。

アジア知識人の心の琴線に触れる仕掛け

以下は「アジアの未来」という今年5月のシンポジウムでの晩餐会のスピーチだ。次のような話の構成だった。

経済政策アベノミクスの意義を、「若く元気なアジアと共に歩むため日本を元気にする」と規定。そしてアジアの「都市化」が発展と同時に諸問題をもたらしたことを指摘し、その解決の協力を表明した。最後にインドネシアの若者たちが、震災直後に日本を励ますために「桜よ」という歌を合唱してくれたことに感謝の念を示して、アジアの一体性を訴え締めくくった。

「戦後の、私たち、日本人の歩みは、このような善意を育てたのだと、改めて知り、深く、頭を垂れ、襟を正したい気持ちになりました」。

この感謝と自省の言葉は、第二次世界大戦で日本がアジア諸国に戦争による災厄を広げてしまった悲しい過去を振り返ると、胸を打たれるものだ。

ちなみにガラパゴス化した日本の論壇では分からないが、世界の経済政策では最近、都市化の功罪が語られている。世界の環境問題のオピニオンリーダーのレスター・ブラウン博士もそれをテーマにしたリポートを繰り返し発表している。この世界基準の論点のスピーチを聞けば、各国の知識人は「日本の首相は勉強しているな」という印象を持つだろう。

また外交上の仕掛けもしている。スピーチでは、フィリピン独立の英雄で非業の死を遂げたものの、日本を含めアジアの知識人が共通して尊敬するホセ・リサールの言葉を引用した。

人の苗床となり、太陽となるのは、教育であり、自由である。それなしには、いかなる改革も成し遂げられず、何をやっても、望ましい結果はもたらせない。

このリサールの文章はすばらしいが、それだけではない隠れた意味がありそうだ。「自由」という言葉を外交の文脈で語ることは、アジアで危険な覇権主義を追求する中国、北朝鮮への牽制を意図したものだろう。麻生太郎元首相は、首相・外相在任中に打ち出した「自由と繁栄の弧」というコンセプトで「自由とは、中国の拡張を意識した」と語っていた。

当然、安倍首相はそれを踏まえて発言しているはずだ。またリサールを持ち出したことで、自由の追求と覇権主義との戦いは、歴史的な文脈で語られる普遍的なものという印象も出席者は抱いただろう。

インドネシアの若者の歌のエピソードは1月にジャカルタで行う演説で使われる予定だった。演説草稿「開かれた海の恵み」もよくできている。アジアの機会均等、海洋の自由を訴えている。中国、韓国の海洋での危険な行動を牽制したものだろう。

オリンピック招致で、猪瀬直樹都知事がライバルのトルコのイスタンブールを批判し、さらにイスラム教への誹謗と受け止められない発言をして内外での悪影響が懸念された。安倍首相は5月3日のスピーチで、心温まる発言をして、友好国であるトルコとの関係に配慮した。

「もし、イスタンブールが五つの輪を射止めたら、私は、誰より先に、イスタンブール、万歳、と申し上げようと思っています。そのかわり、もし東京が五つの輪を射止めたら、トルコの皆様、世界中の誰よりもはやく、万歳と叫んでいただきたいと思います。」

もう一つ、2月の訪米でのアメリカの知日派を集めたワシントンのシンクタンクでのスピーチを紹介しよう。ここで安倍氏は「日本は戻ってきました」というフレーズを使った。民主党政権で日米関係は冷えきった。これを修正する印象に残る言葉だ。

適切なことに、安倍氏はここで民主党の政治家たちをののしらず、自らの品を落とさない形で論旨をまとめている。そして日米同盟の世界的な意義を強調し、その再生を誓った。日米でこのスピーチの評価は高かった。

言葉の力で、人に感銘を与える政治リーダーが、日本にようやく登場した。私はうれしいし、期待している。

なぜ日本のリーダーを評価しないのか

ここで私が残念に思うことが二つある。

第一の残念な点は、なぜ日本のメディアは、自国の政治リーダーのすばらしく、意義深い発言を取り上げないのかということだ。

一連の演説の報道は短く、それも言葉尻だけが伝えられたにすぎない。日本のメディアはアジア外交というと、左系はいわゆる慰安婦問題をしつこく伝えている。一方、右系のメディアは中国と韓国の反日感情を繰り返す。内外のメディアは、安倍首相の言動を伝える時に「極右」と形容詞をつけることもある。

ところが一連のスピーチをじっくり読めば、それらの報道が、事実からずれていることが分かるだろう。各スピーチから読み取れる意義深いメッセージをほとんど伝えていない。スピーチからうかがえることは、安倍氏の誠実さと知性である。また日本が外交政策で、諸外国、特にアジア諸国民との協調と、相互利益による発展を、呼びかけているということである。

自戒を込めて言うが、メディアの記者は、センセーショナルな報道で目立ちたいという願望がある。そして組織の意向に記事を合わせる。さらにリーダーや権力者をけなすことを当然とする政治文化が日本にある。

もちろん政治家の意見を鵜呑みにしてはいけないが、すべてを疑い、けなす必要もない。良いことは「良い」と素直に評価すればいいのだ。どんな場合でも、変な先入観ではなく、曇りなき目で人と物事を見極めたいものだ。それが日本のメディアにも、一部の人にも欠けているように見える。

日本国民の見識が高いことに私は確信を持っている。メディアがそれに応じた質の報道を提供していないのなら、私たちはそれを「中抜き」して、自分で情報を集め、自分で判断をすることを考えるべきだろう。
 
本当に大切な外交とは?

第二の残念な点は、日本外交で本当に必要なことが今、ゆがめられているという点だ。スピーチで示されたように、日本の外交の進むべき方向はアジアで「自由と繁栄」を追求することだ。そして日本人の大半はそれを支持し、アジア諸国民に協力して「Win-Win」(共に勝つ)の関係を作りたいと考えているはずだ。

ところが、なぜか慰安婦問題がアジア外交で大きなウェイトを占めている。私はこの問題を「くだらない騒ぎ」と考えている。「くだらない」とは、苦しんだ女性の悲劇をさすものではなく、騒ぎの大きさについての感想だ。この問題は70年以上前に、朝鮮の女衒(ぜげん)に騙された気の毒な女性の話だ。それを騒ぎ、外交問題になることは、理解できない現象だ。この騒動の大きさは、日本の名誉を穢すことに熱意を持つ一部の日本人、また韓国の一部活動家の策動と、愚かな日韓のメディアの同調によるものと私は理解している。(私の考えを示したコラム「慰安婦問題の後始末の異様さ」)

安倍首相は慰安婦問題について、スピーチでは沈黙している。それよりももっと大切な「アジアの経済成長を取り込み、日本が元気になる」という目標を訴える。一連の騒動のおかしさを認識しているのだろう。また歴史認識の発言も慎重だ。この姿勢を私は支持する。

もちろん、これらの残念な点は安倍氏の責任ではない。日本のメディアと政治文化の問題だ。

私はアベノミクスについては財政破綻、国債暴落の懸念から批判するし、日本の大問題であるエネルギー、年金、財政、雇用制度改革について安倍政権の動きが鈍いのは心配だ。しかし、外交での各国との関係改善、発信力の高さ、さらに日本の閉塞感を変えたという点については感銘を受けている。米国の政治家から感じる「言葉の力」が日本にないことを残念に思っていた。それを日本の首相から感じられたことは、素直にうれしい。

外交と発信力の点においては、安倍首相と政権を現時点で高く評価すべきと、私は考えている。「けなす」という日本の政治文化を変えなければならない。良いことは「良い」とする、偏見にとらわれない、平明な態度で政治家を評価するべきだ。

石井孝明 経済・環境ジャーナリスト 
メール:ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

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