世界はフラット化しない - 『レイヤー化する世界』

池田 信夫

レイヤー化する世界 (NHK出版新書 410)レイヤー化する世界 (NHK出版新書 410) [新書]
著者:佐々木 俊尚
出版:NHK出版
★★☆☆☆


グローバル化について語る人は、内田樹氏のように「国民国家」が消滅して地球がのっぺらぼうになるといったイメージを語ることが多い。本書はそれをITとの関係で語ったものだが、残念ながら「のっぺらぼう論」の域を出ていない。

本書は著者もいうように、ネグリ=ハートの<帝国>を<場>と言い換えて、彼らが言及していなかったインターネットを「マルチチュード」として提示したものだ。この程度の話なら、私が10年前の書評で書いたし、ネグリたちも続編では「コモン」としてのインターネットに言及している。

本書の6割を占める中世や近代の歴史についてのおさらいは、凡庸で不要だ。ナショナリズムが国民国家と言語の生んだ幻想だなどという話は、ベネディクト・アンダーソン以来おなじみの話である。第3部のIT論も、私が『ムーアの法則が世界を変える』で書いた域を出ていない。「超国籍企業が国民国家を終わらせる」どころか、ユーロ圏ではEU解体の危機が懸念され、中東では民族紛争が激化している。

世界がレイヤー化しているとすれば、その最下層にあるのは著者の考えるような情報インフラではなく、暴力装置としての主権国家である。国家は暴力を抑止することによって国民経済を支え、その上に初めて「情報社会」は成立するのだ。世界企業グーグルも「知的財産権」や中国の検閲をのがれることはできず、ティム・ウーもいうように、通信会社は国家と結託して電波利権を支配する。

われわれを支配する<場>は著者の信じているように世界をフラットにするのではなく、グローバル資本主義は金融危機をもたらして各国を分断し、単純労働の賃金は新興国に引き寄せられて所得格差が拡大する。日本で「デフレ」と呼ばれている現象は、そういうグローバルな格差時代の始まりにすぎない。