単純で曖昧な制度決定論 - 『国家はなぜ衰退するのか』

池田 信夫



著者(アセモグル)は成長理論で多くの業績をあげ、クラーク・メダルを受賞した学界のスーパースターである。彼が国家の成功と失敗を決める理論を展開するというので、本書は大きな話題になった。私も昨年、原著をKindleで買って読んだが、話が曖昧で単調なので投げ出した。今回、訳本で最後まで読んだが、印象は同じだ。

本書の理論はきわめて単純である:成功するのは包括的(inclusive)な国であり、失敗するのは収奪的(extractive)な国だ、という図式がいろいろな例をあげて示されるのだが、この対概念がよくわからない。どうやらinclusiveというのは民主的、extractiveというのは独裁的、という意味に近いらしいが、それだけでは歴史上の多くの国家の興亡を説明できないので、わざとこういう曖昧な言葉にしたようだ。

こういう話は開発経済学では新しいものではなく、世界銀行が一時推奨していたgood governanceに近い。民主化しないと経済的にも繁栄しないという話だが、これにはたくさんの反例がある。たしかに民主的な国には経済的に豊かな国が多いが、その逆は必ずしも成り立たないので、どっちが原因かわからないのだ。

君主制と官僚独裁で近代化を実現した日本、計画経済で成長したソ連、軍事政権で成長した韓国やシンガポール、そしていま最大の例外はbad governanceのもとで急速な成長をとげている中国だ。著者は、こういう開発独裁や国家資本主義は「長期的には」維持できず民主的になるというが、それは経済的に豊かになった結果として民主化すると考えることもできる。

ビル・ゲイツも「政治がすべてを決めるというのは単純な制度決定論だ。大事なのは資本主義の成長だ」と批判している。著者はそれに反論しているが、私はゲイツの批判が当たっていると思う。著者のいう「制度」の概念は曖昧すぎて、現実の開発政策にも役に立たない。

本書にもう一つ欠けているのは、国家間の競争だ。世界史上もっとも成功した大英帝国は、史上最悪の収奪国家だったが、世界の植民地から搾取した富で民主国家を建設した。歴史上、国家の命運を決めたのは戦争の勝敗であり、そのために経済力を蓄積した国が繁栄したのだ。

経済の興亡を決めるのが国家であってその逆ではないという著者の主張には賛成だが、国力を決めるのはみんなが民主的に参加することではなく、国家間競争に勝ち抜くすぐれた指導者の意思決定と国家体制である。むしろ民主政治のような非効率な制度は、豊かになった国が享受できる贅沢なのではないか。