吉原花魁日記を読む~恥ずべき過去の売春制度

2013年06月28日 06:00

1112112073

性風俗産業、男女での捉え方の違い

ネットは知らない世界を見せてくれる。アダルトビデオに私は(比較してないがおそらく)普通の男性よりは少ない程度で世話になったが、詳しくはない。出演した女性のことを深く考えたことはなかった。単なる動く「絵」にすぎなかった。

ところが「やまぐちりく」という20歳のAV女優が、自分の引退表明のブログで、苦しみを綴っていることを知った。


「今だから正直に言いますが あの時はその仕事を選ぶしか私には道はありませんでした。 後戻りもできず。その場から逃げることもできず。自分の感情も何かの力でコントロールされているかの様でした。今だったら絶対選ぶ道ではなかった・・・でも当時の私はこの先に自分の夢が叶うと錯覚してました。だから自分なりに頑張ったんです。でも、結果、夢は叶わなかった」

興味を持ち、彼女の素性を検索した。本当かどうかは確認できないが、痛々しいものだ。この女性は、実姉と共演する形でAVに出演。姉はAKB48が売れないときのメンバーで、精神疲労により辞めたという。父は教師。ネットの噂では、母親が事業に失敗して借金の肩代わりとして姉妹でAV出演した。「マルチタレントになりたい」と初出演のAVで語っていたそうだ。少女を利用し、その夢をネタにするとはAV制作者とマネジメント会社は被虐的でおぞましい人たちのようだ。

仮に事実とすれば、20歳の女性には重すぎる現実だ。私は初めて「絵」が実在の女性であると意識した。はっきり言えば、私には性風俗に従事する女性に対する軽蔑があり、無関心だった。彼女のブログで、私は男性視点で性産業と女性の関係をとらえていたと認識し、一面的な見方をした自分を反省した。

このエピソードが、なぜ心にぐさりと来たのか。慰安婦問題の参考に、戦前の売春制度の実態を知ろうと『吉原花魁日記–光明に芽ぐむ日』『春駒日記–吉原花魁の日々』(朝日文庫)という本を読んだからだ。昔も今も、問題に共通するところがある。

男性の天国、女郎の地獄

吉原遊郭を題材とした多くの記録、小説はある。ところがこうした歴史書、現代の文章からは、女性の視点が抜け落ち、本当の姿は伝わっていない。この本によれば女性が花魁(おいらん)という売春婦、事実上奴隷として酷使されていた。私は衝撃を受けた。

作者は森光子というが仮名だろう。大正13年(1924年)に19歳で群馬県高崎市から売られた。そして2年後に逃げ出し、社会活動家・歌人の柳原白蓮と夫で弁護士の宮崎竜介のところに飛び込んで助けられた。この人たちの支援で借金を返し、役人と結婚するが、それがばれ夫は職を失う。その後の経歴は分からない。彼女が幸せで静かな後半生を送ったことを願う。

光子の吉原への身売り代は1350円だ。当時の米1俵(60キロ)価格は10円50銭、今の米価60キロ小売価格平均2万5000円を比べると、物価水準は2380倍になる。粗い計算だが現在価値でわずか320万円にすぎない。家に入ったのはそのうち800円で、周旋人に手数料で抜かれた。彼女は飲食店の奉公人と信じて、父が死亡した後の家族を助けるためと思って身売りに応じた。

生活は凄惨だ。客は1日数人から10人以上。売春の料金は男と接する時間、休日などでさまざまだが、飲食費も含め、3円から10円程度だった。今の感覚からすると数万円程度だ。かなり安い感じがする。

借金は6年の契約分だったのに飲食費、服の代金で天引きされる。収入の7割5分が雇い主に渡った。彼女の稼ぎは月に300円程度で、手元に残るのは30円程度だが、そこから必要経費や病院代などが次々引かれ、これが40円前後にもなる。追借りすることになり、一向に借金は返せなかった。

弱い女性が虐げられる

本によれば、社会的に弱い立場の女性が、「苦界」(くがい)に放り込まれた。彼女の楼の花魁13人のうち、両親ある者4人、両親ない者7人、片親のみ2人。両親あっても1人は大酒飲み、1人は盲目。原因は、家のため10人、男のため2人、前身は料理店奉公6人、女工3人だった。

花魁は無学な女性が多かった。しかし光子は聡明な女性で、文章は現代の女性が話しているような感じだ。彼女はマンドリンをたしなみ、本を買い、石川啄木の叙情詩や、客から手に入れた雑誌を大切に読む文学好きの女性だ。

男視点の記録には出てこないが、彼女の文書では売春の苦痛、嫌悪感が繰り返される。自殺を考えた後で、彼女は日記を記すことで生き抜く力を得る。アウシュビッツ強制収容所から生還したユダヤ人精神科医にビクトル・フランクル氏という人がいる。彼は著書『夜と霧』で、日常の中に生きる意味を探し、それに集中して精神の崩壊を食い止めたと記す。それを思い出すが、光子も書くことが生きる糧になった。

「自分の仕事をなしうるのは、自分を殺すところより生まれる。わたしは再生した。花魁春駒として、楼主と、婆と、男に接しよう。何年後において、春駒が、どんな形によって、それらの人に復讐を企てるか。復讐の第一歩として、人知れず日記を書こう。それは、今の慰めの唯一であるとともに、また彼らへの復讐の宣言である。わたしの友の、師の、神の、日記よ、わたしは、あなたと清く高く生きよう」

「牢屋とちっとも変わりはない。鎖がついていないだけ。本も隠れて読む。親兄弟の命日でも休むことも出来ない。立派な着物を着たって、ちっともうれしくなんかない・・・。みな同じ人間に生まれながら、こんな生活を続けるよりは、死んだほうがどれくらい幸福だか。ほんとに世の中の敗残者。死ぬよりほかに道はないのか・・・。いったい私は、どうなっていくのか、どうすればよいのだ」

19歳の女性がこのような言葉を書く事実は痛々しい。

彼女が身の危険を犯してまで逃げたきっかけは、将来への恐怖だった。彼女は子宮を痛めても、客を取り続けさせられる。抗生物質のない時代に、細菌感染による性病で、多くの花魁が苦しみながら死んだ。彼女は汚い病院で、女性たちの惨状を、恐怖感を込め描写している。

ネット上の孫引きで恐縮だが「東京の下層社会」(紀田順一郎、筑摩書房)によると、大正末期から昭和初期の全国の公娼(吉原など登録で政府の規制下にある場所)は5万人、酌婦・私娼は10万人という。当時の人口は6000万人ぐらいだが、全人口に比べるととても少ない。そのころ女性の権利は制限され、働く場も女工ぐらいしかなかった。そして日本政府は公式見解として「本人たちの契約によるもの」と繰り返したという。

冒頭で現代の例を示したが、当時の多くの男性に取って、性産業に従事する女性の姿は他人事、もしくは利用対象にすぎなかった。不正義があっても「気の毒だねえ」という程度の関心で終わっていたようだ。

私たちのできること–「事実を受け止め、現代に活かす」

今の日本では70年前の「いわゆる」従軍慰安婦問題が騒がれている。私は一貫して、この騒動をばかばかしいと考えている。ただし「ばかばかしい」とは、不幸な女性たちを罵る意味ではなく、騒ぎの大きさについてのものだ。騒動を元に利益を得ようとしているとしか思えない福島みずほ氏のような日韓の政治活動家、誤報を垂れ流して責任を取らない朝日新聞などのメディア、そして話を混乱させる韓国政府、毅然とした態度を示さない日本政府に対しての怒りを感じている。(私の記事『慰安婦問題の後始末の異様さ』)

従軍慰安婦制度は、売春をめぐる当時の慣習、制度の中で生まれた。過去の犯罪行為、また倫理的な問題行為に、今を生きる私たちは責任を取る必要はないだろう。ただし一連の騒動を批判することと、苦しんだ女性たちを悼むことは、まったく別の話である。

従軍慰安婦の7-8割を占めたとされる日本人慰安婦は、20年前のこの騒動が始まったころから、まったく名乗り出ていない。そのばかばかしさや政治利用を感じ取り、距離を置いているのだろう。それはこの問題が、体験した女性に与えた傷の深さを物語る。

従軍慰安婦問題、またそれを産んだ過去の日本の売春制度、そして不本意に性産業に従事する現代に続く女性の苦しみに、私たちそれぞれがどのように向き合うかは自由だろう。けれども、それを語る時は事実に基づき、浮ついた気持ち、また「政治利用」などの邪念を持って向き合ってはいけない。この騒ぎは、被害者の救いを考えるという問題の本質から遊離しているように思う。

問題を語る場合に、嘘を垂れ流す日韓の活動家がいる。一方で「商行為」と矮小化する日本の保守派もいる。双方の言い分や正義感は分からなくもないが、そうした行為は苦しんだ女性たちへの冒涜に思える。

そして性をめぐり女性が被害を受けかねない問題は今でも残る。90年前の光子のような苦しみを、今も途上国のどこかで少女が体験しているだろう。「やまぐちりく」という名を残し、社会から消えていった女性は、現代日本で私たちと同じ時間と場を共有している。

真剣に「慰安婦問題」を考えるなら、嘘や政治利用という混乱の続く今の状況は残念だ。「過ちを繰り返さず、女性たちが幸せを追求できる社会をつくる」という形で、現代に役立つ教訓を引き出す建設的な議論を進めたい。そして、そこには語られる不幸な女性たちへの敬意がなければならない。

最後に過去の売春制度をめぐる、一つの情景を紹介したい。南方に売春目的で売られた女性「からゆきさん」を取り上げた映画『サンダカン八番娼館–望郷』(1974年、熊井啓監督)という映画のラストシーンだ。(記憶で間違っているかもしれないが)主人公の女性歴史家が、亡くなった女性たちの朽ちた墓をボルネオのジャングルで探し当てる。映画のセットでない本物のそれらの墓はすべて、日本に背を向ける形で建立されていた。

自分を騙し利用した人々に、そして祖国日本に、恨みを抱かざるを得ない形で、かけがえのない人生を異国で終えた女性がいた歴史上の事実は、とても重く、悲しい。

さまざまな人の思いの込められた過去の正確な事実を知れば、私たちは現代でそれを考える場合に、厳粛な態度で向き合わざるを得ないはずだ。慰安婦問題、そして女性の権利をめぐる諸問題の解決は長い道のりだが、まずそこから第一歩が始まるのではないか。

石井孝明 ジャーナリスト
メール: ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑