「元リク」ってどうよ

2013年07月11日 07:53

『AERA』の最新号に「リ僑人脈と結集ビジネス力」という特集が掲載されている。要するにリクルート社に関する特集だ。弟子であるイケダオソトがFacebookメッセンジャーで教えてくれた。私の名前が出ている。

実に複雑な心境になった。光栄だが、嫌な気分になったことも事実だ。昔の2ちゃんねるのスレッドみたいだが、「元リクってどうよ」と思ったのだ。


私が、この手の元リク特集に登場するのは初めてだ。いや、今まで「なんでこの人が元リクとして紹介されているのに、私は載らないのか?」と思っていた時期があったことも事実だ。今、思うと、私なんかが載っちゃいけない特集だったのだろうけど。

ただ、私はリクルート時代、これといって目立った実績もなかったのも事実だし、評価は普通以下だった。同期は出世していったが、私はボンクラだった。世の中にゴロゴロいて「いったい、何人いるんだよ?」と言いたくなるような、「元リクナビ編集長」とか「元就職ジャーナル編集長」とか「元ゼクシィ編集長」でもないわけで。

しかも、私はリクルート関係者からはまったく評価されていない人間だ。同社に対しては、絶妙な距離を保つことにしていて、批判するべきことは批判してきた(だから嫌われるし、仕事もこないのだろう)。

著者デビューした頃から、最近にいたるまで同社の関係者やOBから「君は大したことのない人間だ」「お前はリクルートでマネジャーじゃなかった」とか「お前より◯◯は優秀なのに、なぜお前が世に出ているんだ」「メディア受けするからね、君は」なんてことを面と向かって言われたこともある(いつ、誰に言われたか、記録もとっている)。

その度に、謙虚に受け止めつつも、いつか見返してやると思って生きてきた。これはまだマシな方で、在籍中も辞めた後も、もっとひどい誹謗中傷を受けたこともある。

だから、自分のブランドで闘ってきた。リクナビ編集長とかその手の肩書きを使わずに(って、もともとないので)、泥水飲んで這い上がってきた。

いや、私が「元リク」を名乗ってきたのもまた事実だ。出版社の方にプロフィールを書く際に「元リクと書いてくれ」とお願いされるのも事実だし、自分自身、数少ないウリなので使わせてもらっていたのも事実だ。また、ボンクラ社員とはいえ、この会社で学んだことで食わせてもらっていることも事実である。明らかに優秀だと思える人が周りにいたから成長できた部分はある。

それこそ、今週は『ちょいブスの時代』という最新作を出した。これは女性蔑視本ではない。要するに、かわいいだけの見られる女性から、行動する女性が評価される時代に変わってきたということを論じた本なのだが、まさにリクルートにはそういう女性が数十年前からとっくにいた。時代は女子力よりもブス力。その点においても先端を言っていた(いや、美人やかわいい人がいっぱいだったのだけど)。

いま、福岡にいるのだが、出張先のイベントで「元リク」の方とお会いした。「元リク」だというただそれだけで打ち解けあうことができる。その方も大変気持ちいい方だった。

だから基本的には「元リク」であることに感謝している。

ただ、この「元リク」というブランドについて、たまに考えることがある。このブランドを使って、自分をやたらと大きく見せようとしているOB・OGをたくさん見てきて、「なんだかな」「残念だな」と思ったことがあるのも事実だ。

それこそ、新卒採用の現場では「元リクルートのトップ営業マンが語るセミナー」みたいなイベントがたくさん開催されている。そのたびに、「この人って、トップ営業マンだったんだ」と思ったり、そもそも昔と今では市場環境が違うだろとツッコミたくなることもよくあった。

元◯◯編集長にしても、じゃあ在任期間中の仕事ってどうだったのよとか、編集長退任のあと、なかなか残念だったよねという人が、一生元◯◯編集長を名乗っていて?と思ったことがよくある。

在籍期間が短くても、「元リク」は「元リク」だ。

また、昨年『中央公論』や『サイゾー』でコメントしたが、元リクというのは、ある種の共栄圏、経済圏であり、そこでコラボする機会や、仕事をもらったり、あげたりする機会があったりするわけで。だから退職しても、そこそこ食べていくことができる。

やや、うがった見方をすると、元リク人脈を「利用してやる」という空気をプンプン感じることもあるわけで。知らない先輩から、「君のマネジャーをやってあげよう」とか「君が昨年仕事をもらった大学に営業に行っているのだが、情報をくれ」ということを言われ、絶句したこともある。もちろん、丁重にお断りした。バカにするな、と。

というわけで、竹内まりやの「駅」のサビじゃないが、懐かしいなと思う一方で、嫌な思いもいっぱいしているのもまた事実だ。

そういう、残念な「元リク」をたくさん見てきたので、それを反面教師に、できるだけリクルート人脈に頼らずに生きてきた。「ああはなりたくない」と。幸せは最大の復讐である。私をバカにした人を見返すために生きてきたのも事実だ。

『AERA』の特集に載ることは本来、光栄なはずなのに、そうかこういうカテゴリにくくられるんだと絶句した次第である。「ロスジェネ」とか「氷河期世代」とくくられるのと同様に、本来光栄なはずなのに、複雑な心境に、いや率直に言うと不愉快になった次第である。

今回の件も、貴重なきっかけなので、今後、論考や書籍を通じて元リク幻想を私は創造的に破壊したいと思う。

さて、皆さんの周りにいる「元リク」はまともだろうか。

試みの水平線

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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