筆者が「日本の弱者はとても可哀想だ」と思うワケ --- 城 繁幸

アゴラ

2008年に各所でさんざん説明されつくしたことではあるが、当時の経緯を知らない若い人もいるようなので、もう一度簡単に説明しておこう。結論から言うと、企業の“内部留保”は賃上げには使えないし使っちゃいけないものだ。


1.そもそも、他人がとやかく言えるお金ではない

企業の売り上げから人件費などの経費を引き、税金も収めた後の純利益は当然ながら株主のものであり、実際、ここから配当も支払われる。本来なら全部株主のものであるが、全部配当してしまってはこれから先の会社の運営にも支障が出る。

だから、一部は配当しつつも、一部は残しておく。これの積み重ねが内部留保と呼ばれるものの実態で、誰のものかというと株主のもの、でも「まあまあ我々に任せといてください、きっと上手く回してもっと稼いで見せますから」と経営陣が言うから、とりあえず預けているようなものである。

ここに手を突っ込むというのなら、まず革命でも何でも起こして資本主義体制を打倒するといい。

2・そもそも、会社の金庫の中に現ナマが貯まっているわけではない

そして、そもそもそれだけのお金が会社の金庫に積みあがっているわけではない。一億円で機械を買って十年で償却する場合、一年目に計上するのは一千万円。BS上は9000万円の留保分があるように見えても、それは工場の機械であって、それを売り払って賃上げに回すのは工場を畳むのと同じことだ。

というわけで、内部留保を使って賃上げとか雇用を云々言うのは「あいつ金持ちだからあいつから盗れ」レベルの全く根拠のない暴論であり、そもそも実現不可能な空論なのだ。

では、賃上げするにはどうすればいいか。答えは実にシンプルで、もっといっぱいお給料がもらえるように、労働者自身が努力するしかない。というか、実際にそうやって賃上げしている人は筆者の周囲には大勢いるわけで、なんでわざわざ内部留保なんて議論に持ち出すの? というのが率直な感想である。

中には「そういう能力のない人間はどうするんだ!?」と疑問に思う人もいるかもしれない。でも、内部留保が何兆円積みあがろうが、出来る人の給料がそうでない人の何十倍に跳ね上がろうが、誰も労働市場で付く値札以上の給料はもらえない。それが資本主義のルールだから仕方がない。

ただし、じゃあ一切要求するな、水飲んで暮らせという気はなくて、それは再分配政策として社会保障でやるといい。つまり、市場で高値がつかない人向けの社会保障制度の拡充を政治に要求するということだ。日本の社会保障支出は高齢者向けに偏っているので、学費や衣食住に関する補助、場合によってはBI等、十分拡充する余地はあると考えている(もっとも、そのためには恐らく消費税をそれなりに引き上げる必要があり、弱者自身が「俺以外の誰かから取れ」と言い続ける限り、議論は一歩も前進しないが)。

ここ最近の政治を見ていると、某野党が「大企業の貯め込んだ金を山分けしましょう」と言い、時の総理が「ああそうね」とやるのが風物詩化しつつあるように見える(コレとかコレ)。

まあ鳩山さんはちょっとおかしいという認識が広く共有されているので問題ないとして、“保守本流”の看板を掲げる安倍さんが釣られるのは考えものだ。側近のみなさんにしっかり手綱をとっていただきたい。

余談だが、筆者自身は(もちろんいろいろな改革は必要だという立場だが)世界的に見て日本はまだまだ格差の少ない恵まれた国だと考えている。街にはパートの仕事がいくらでもあふれていて、300円も出せば牛肉入りの食事が食べられるのだから、こんなに弱者にとって恵まれた環境はない。

とはいえ、筆者は日本の弱者には一つ、心から同情すべき点があると考えている。それは、彼らの側に立って主張するのが、上記のようなもはや政策にすらなっていない政策を、どれだけ誤りを指摘されても選挙のたびに臆面もなく繰り出してくるグループしかいないという現実だ。

「大企業が溜め込んでいる金を皆で分配しましょう!」とアジをぶって、困ってそうな人たちがワーワー群がっているのを見ると、筆者はいつも「なんだかなぁ」という気分になってしまう。

別に筆者自身が困るわけではないからどうでもいいのだが、駅前で老人に洗剤配って近所の会議室に連れ込んで高額な浄水器とか買わせるキャッチセールスを見ているような気分と言えばわかりやすいか。

本来なら、ああいうのに代わって民主党が「市場を理解したクレバーなリベラル」のポジションを占めるべきだったのだが、最近の言動を見る限り、むしろ社民党ポジションに近づいているように見える。

もちろん、選挙ではどこでも好きな政党に投票するといい。でも、耳に心地よいだけで中身のない政党が何議席取ったところで、現実は何も変わらないという点は理解しておくべきだろう。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2013年7月18日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。