『美術骨董品投資の秘訣』の話

森本 紀行

1953年に、三宅久之助という人が著した、『美術骨董品投資の秘訣』という本がある。著者がどんな人だったかは不明だが、自序に、「私は戦後派の商売人であるが、素人愛好家二十五年、美術商七年の体験から生まれた、現在の私の考えを、飾り気なく、ありのままに語ったつもりである」とある。


実のところ、怪しい本なのかな、と思って買ったのだが、これがよく書けている。うれしい驚きだ。感心するのは、美術骨董品が、投資対象として有価証券等と異なる点を分析し、一点一点が異なっていて一般的・客観的価格の標準がないこと、および「子(利息、配当、地代、賃貸料等)を生まない点」の二点を挙げていることだ。極めて理論的な整理である。

基本は、子を産まないものが、どうしたら投資価値を生み得るのか、という視点である。当然に、子を産まない以上、価格の値上がり益が投資収益になる。故に、どのような美術骨董品が値上がりしやすいか、ということが論点になる。著者は、そのような投資対象としての美術骨董品が持たねばならない基本性格をいくつか挙げているのだが、いずれも慧眼というべきだ。

まずは、「金持ちが欲しがるもの」という基準。甚だドライな視点というべきである。「芸術的価値高きが故に、相場必ずしも高からずで、価値と価格(相場)とは、常に一致はしない」と述べられている。投資として、もっと一般的に、ビジネスとして、美術骨董品を考える限り、基本中の基本といわざるを得ない。

次に、「一般の認識」を挙げている。当然に、一般社会からの認知度の高いものほど、「広く強い需要」をもち、「その需要も相当長続きする」のだ。

ついで、「必需性のあるもの」を挙げている。美術骨董品は、生活必需品ではないので、生活の必要から値上がりすることはない。しかしながら、中には、必需性を帯びるものがある。例えば茶道具。茶道は現代の社交だ。そこでは、古道具が好んで使われる。現在の茶道において使われる古道具は、現在も確実な需要があるというのである。

そして、何よりも興味深いのは、「近代性のあるもの」という斬新な視点である。現代美術の話ではない。古美術・骨董品の話である。著者によれば、古美術においても、人気が高いものは、「永久に近代性を包含する不易性を備えている」ということになるのだ。

これらの視点は、要は、美術骨董品に対する需要が、社会の一般的な需要として確立しているかどうか、という点に帰着するのだと思われる。美術骨董品は、現時点において、確かな社会的需要に裏打ちされていて、将来も、そのようなものであり続けるであろうことが期待できるからこそ、投資対象としての価値を持つのだ。

この理屈は、美術骨董品だけでなく、全ての投資対象の基本要件として、一般的に成り立つ。投資対象が投資対象であるためには、その投資対象の裏に、需要の広さ、強さ、持続性がなくてはならないのである。