『二銭銅貨』的な自責と社会的戦い

2013年08月22日 09:00

黒島伝治の佳編に、『二銭銅貨』というのがある。黒島伝治といっても、ご存知の方は、ほとんどおるまい。戦前のプロレタリア文学を代表する作家なのだが。

この小説、いたって短い。貧しい農家の少年が、飼い牛の番をしているときに、頭を牛に踏まれて死んでしまう、ただ、それだけの話である。


この子、独楽の緒(独楽回しに使う紐のこと)を牛小屋の柱にかけて引っ張っていたときに、手が外れて転んだ、その転んだところを牛に踏まれたのだ。なぜ、独楽の緒なぞを引っ張っていたかというと、少し短いので、引っ張って伸ばそうとしていたのだ。

では、この独楽の緒、なぜ、少し短いのかというと、母が独楽の緒を買ってあげるときに、二銭惜しんだからなのだ。ちゃんとした正規の長さの緒は十銭だったのだが、一つだけ短いのがあって、店のものが、その短いのだったら八銭でいい、と値引いた。母は、十銭渡して、おつりに二銭銅貨をもらった、その二銭銅貨が作品の名前になっているのである。

もうひとつ伏線がある。実は、この少年が死んだ日、隣の部落に、田舎回りの角力の興行があって、他の子供たちは、連れ立って見に行ったのだ。もちろん、少年も、それへ行きたがった。それを、母は、「うちらのような貧乏タレにゃ、そんなことはしとれやせんのじゃ!」といって、行かせなかったのだった。

事故から三年。母は、いまでも悔やむ。二銭惜しんで短い緒を買うのでなかった、角力を見にやったらよかった、「といまだに涙を流す。・・・・・・」。この小説の「・・・・・・」に、作者の思いの全てが籠められている。

この母の悔やみ、人間の心情として、痛いほどわかる。しかし、論理的には、少年の死は偶発事故であり、母が二銭惜しんだことや、角力に行かせなかったこととは、独立の事象である。故に、母に帰責事由はない。つまり、少年の死を悲しみ悼むことは母として当然としても、二銭を惜しんだこと、少年を角力に行かせなかったこと、この二つの自己の行為に関しては、少年の死との関連における悔やむべき責任はないのである。

もしも、二銭を惜しんだこと、少年を角力に行かせなかったこと、この二つのことと少年の死との間に、何らかの因果関係を見るならば、その因果の連鎖は、もうひとつ上へいかなければならない。つまり、「うちらのような貧乏タレにゃ、そんなことはしとれやせんのじゃ!」という貧困へ、そして貧困を生み出す社会的矛盾へまで。

この作品が、プロレタリア文学であるのは、いうまでもなく、心情的悔やみにとどまる母の、そして当時のプロレタリアート一般の、意識を、社会矛盾の認識の方向へ向けようとする作者の意図によるのである。そして、これが文学であるのは、作者が、母の心情への暖かい思いやりを前面に立てて、意図の全てを、「・・・・・・」の中にとどめたところにあるのである。

『二銭銅貨』の母、自己を責めて涙している場合ではなかったのだ。幼い子供に労働を強いたことに事故の核心があるとしたら、幼い子供に労働を強いざるを得ない貧困こそが問題だとしたら、その貧困を救済する責務を怠った政府には、責任があったのである。だとしたら、母は戦わねばならない。多くの同様な母の小さな戦いが集積していくことで、社会変革も起きたであろう。

この小説、その主張の全てを、最後の「・・・・・・」に籠めたのだが、それには、もちろん、文学としての、芸術としての、技巧もあるのだが、それだけでなく、当時の厳しい言論統制への配慮もあるのだと思われる。今は違う。いうべきことをいえる以上、いうべきことはいうべきであろう。いや、いうのではなく、やるべきはやる、戦うべきは戦うべきであろう。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
HC公式ウェブサイト:fromHC
twitter:nmorimoto_HC
facebook:森本紀行

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑