インターネットの脳への影響について

2013年08月02日 07:10

インターネットのゲームやメッセージのやり取りを自分の意志でやめられないといった、いわゆる「インターネット依存」になっている中学生と高校生は全体の8.1%に上り、国内に51万8千人もいるという厚労省推計が発表されたが、これはインターネットの持つ負の影響が深刻化していることを窺わせる。 

ここでは、インターネットが我々の脳に与える影響について考えたい。


インターネットと脳

インターネットが脳に与える影響について、最近の研究を紹介した本に「ネット・バカ、インターネットがわたしたちの脳にしていること」がある。 この本の内容の一部を紹介すると、我々の脳は昔考えられていたほどリジッドなものではなく、極めて可塑性に富んでおり、成人しても外部からの刺激によって、その構造を変化させる。我々は、感覚、認知、記憶を拡張するネットワークコンピュータは、強力な神経増幅器として機能しているが、その結果我々は特定の認知作業を従来に比べ、飛躍的に効率化する一方、我々の完全性を脅かし、コンピュータが我々の脳をプログラムし始める。即ち、コンピュータによる情報の氾濫が、我々の感覚を麻痺させ、マルチタスクが我々の注意を散漫にさせ、集中して深い思考をする能力を奪ってゆくことになるのである。たとえば、プログラミングの最中にメールをチェックして返信したりするといったことが習慣化すると我々は次第に一つのことに集中できなくなってくるといった類のことである。

つまり、膨大な情報を瞬時の中に手に入れられる代償として、我々の思考は浅くなり、たとえば、マルチタスクの刺激に慣れた脳は、ネットよりもペースの遅い現実社会に適応できなくなる危険性を生じさせる。 即ち、出したメールにすぐに返信がこないとイライラする、あるいは、短時間で答えが出ないと思考を停止してしまう、といった影響が考えられるのである。

情報の過多が我々の学習能力を相当量減じるという研究結果が多数あり、我々は骨の折れる思考作業をソフトウェアに譲り渡すことで、自らの脳の力を微細だが大きな意味を持つ形で減じているのだという(ネット・バカ p.298)。

簡単にいえば、狭く深い思考中心の脳から広く浅い思考中心の脳へとインターネットは変えてしまう作用をもつのだ。

脳の変化は起きているのか?

通勤電車に乗ると多くの人はスマートフォンなどの端末を操作していることに気付くが、現代人の多くはかなりの時間ネットに接している。

人類の歴史を見ると、始めは印刷の発明に活字、次にラジオの普及、テレビの普及と続き、現在はネットの普及により、我々の脳は新しいメディアの刺激に接してきた。

その結果、我々の脳は変化しているようだ。

たとえば、ニュージーランドの政治学者フリンは、30年ほど前、世界のほとんどの地域でIQテストのスコアが20世紀を通じて、上昇していることを発見した(フリン効果)が、これはフリン自身が指摘するように、我々が祖先よりも賢くなっていることを意味するものではなく、社会の変容により、我々の思考が抽象思考中心になったことにあるようだ。実際、サイエンスに発表されたUCLAの心理学者の研究によるとIQスコアの上昇は主に視覚テストで測定される非言語的IQの成績に集中しており、フリン効果は都会化などの社会的要因によるものだとしている。つまりIQテストの成績の上昇は脳の構造変化によるもののようなのだ。

その一方、ウェブ利用の上昇が、我々のIQを低下させることを窺わせる現象(スカンジナビア諸国やイギリスのIQ低下)も見つかっているし、アメリカの高校2年生の受けるPSATテストの成績の特に言語能力に関する得点の急降下(特に作文部門)、大学進学者を予定する学生が受けるSATテストにおける言語セクションの得点,特に文章読解力の得点の急降下(ネット・バカpp.202-203参照)のようにむしろ知能の低下を窺わせる現象も観察されているのである。

大学生の学力低下との関連性

大学生の学力低下については、大きな要因として少子化による大学入学のハードルの低下が指摘されている。これについては全くそのとおりであり、学力の低下のかなりの部分は少子化で説明できる。この意味で、「学力低下は錯覚である」という本もあるようだ。 しかし18歳人口の推移を見ると2008年以降、現在まで18歳人口横ばいで、これは暫く続く。
18歳人口

2031年までの18歳人口動態と4年制大学進学者数予測から転載)

一方、私は大学で理工学部向けに数学を教えているが、ここ数年、数学教育の困難が増加している。特に、概念を把握する力が弱まっている。 例えば、線形空間の基底、次元の概念、フーリエ解析における直交関数系の概念や、関数の連続性など、やや抽象的なことになると、同じ教科書を使って同じように授業しているのに、理解度は年々落ちているのが現状である。

工学部の先生からは、「概念的なことは難しいので、計算だけできるように教えてください」と言われるため、計算中心にしてはいるが、複素数の間に不等号を入れたり、正弦関数の近似値を1.5と計算している答案があったりと、現実の厳しさの前に愕然とすることが多い。

学生の様子をみると、チャート式の参考書を買って、それを読みながらマニュアル通りに計算することは、喜んでやるのだが、行列の階数を求めることはできても、それが何を意味するのか分かっている学生は稀であるし、

△ABCと△DEFが平面上にあり、AB = DE, BC = EF,CA = FDが成り立っているとき、この2つの三角形は、平行移動、回転、線対称移動の3つを適当に組み合わせて重ねあわせることが出来ることを証明せよ。

といった高校1年程度の知識があれば簡単に解答できるはずの問題がまるで出来ない。分かっていると思われる答案でも、説明が説明の体をなしていない場合が多い。

線形代数で次元や基底の定義を授業で行うと、集中が続かないし、後ろの方の席の学生はスマホを弄っているといった具合である。 問題演習をすると、すぐ解答を要求し、それを暗記するという勉強しかできない学生も多い(暗記は徹底していて、期末テストで数値を少し変えただけの問題を出しても、解答プリントの修正前の問題の解答を正確に再現する学生までいて悩ましい)。

お手本のないことは、やろうとしない学生、お手本を見ないと何もできない学生が増えているのだ。 学生は短時間で結果が出ることのみを求めており、集中して考えられる時間が極端に短くなってきているようだ。

数学のように、集中して深く考えないと理解が進まない科目の場合、集中の続く時間が短くなるのは致命的なのだが、授業をしているときは集中が続いていた学生たちも、演習問題を配って、演習を始めると「じっくり考えましょう」とこちらが言ったところで、学生は5分もすると飽きてしまい、スマホを弄ったり、別のことをやり始めるといった具合なのである。とにかく学生の集中力が落ちていることを感じる。

こういった現象は、最近、年々顕著になっており、これがもしインターネットによる脳の変化が引き起こしているものだとすると、対処は難しい。
   
ITの負の側面にも目を向けよう

インターネットは我々に瞬時に膨大な量の情報を手に入れることを可能にしたが、その一方で、我々の集中力や思考の深さに影響を与えていることは、どうやら確かなようだ。

デジタル教科書などITの教育への導入を推進している中村伊知哉氏のような人たちもいるが、数学教育に携わる私としては、ITの教育への導入には慎重であるべきではないかと考えている。 

ITの負の側面にも目配りをしたITの利用を社会全体で考えるべきではないだろうか。 

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