安倍首相の「自滅する選択」

池田 信夫

安倍首相が10日間の休暇をとったそうだ。当初は12日に出る4~6月期のGDP速報値を見て消費税の増税を判断するといわれていたが、50人以上の「有識者」にヒアリングすることになったので、その後ということだろう。主婦連や小説家の話まで聞かないと、安倍氏はすでに法律で決まった増税も実行できないのだろうか?


これは彼の周辺に増税反対派がたくさんいるからだろう。しかし国債は増税の予約なので、増税するか否かというのは問題の立て方が間違っている。問題はいつ増税するかなのだ。反増税派は「景気がよくなったら」というが、いつよくなるのか。よくならなければ、永遠に政府債務を増やし続けるのか。

納税者が合理的なら、増税も国債も民間から政府への所得の移転という点では同じだから、増税で国債を減額しても消費支出は変わらない。これをリカードの中立命題という。もちろん実際の納税者は合理的ではないから増税されると短期的に消費は減るが、それは長期的には国債の償還に使われるだけなので、彼の恒常所得は変わらない。したがって5年もたてば増税の影響は消える。

他方、増税をしなかった場合は、日銀の黒田総裁も懸念するように、政府債務が際限なく増え続け、日銀がそれを穴埋めする財政ファイナンスをすると受け取られるだろう。これによって長期金利が上がると国債の利払いがさらに増える。つまり増税の先送りで短期的な負担は減るように見えるが、長期的な負担は増えるのだ。

だから問題は、短期的な不快を避けるか長期的な負担を最小化するか、という時間選好の違いである。池田新介氏の『自滅する選択』の実験によると、猿に今すぐ食える2個の餌と、X秒待たないと食えない6個の餌を繰り返し与え、Xの値がいくら以下のとき猿が6個の餌を待つかを調べると、平均7.9秒。つまり餌の時間選好は、8秒で1/3になるのだ。

人間でもこういう傾向はみられ、肥満者は負債・ギャンブル・喫煙を好む比率が高い。つまり太っている人は、こういう近視眼的な「自滅する選択」をする傾向が強いのだ。特に日本の政治家は平均1.5年に1度も選挙があるので、次の選挙に生き残ることより長期の問題を考えるインセンティブがない。

そういう猿なみの政治家に押されて増税を見送ると、WSJも指摘するように「たった3%の増税もできない安倍氏には何もできない」というシグナルを世界に送る結果になる。党内の「空気」に配慮して郵政離党組を復党させたことが、第1次安倍内閣の命取りになったことを彼は忘れたのだろうか。