とあるラウンジオーナーのお話 --- うさみ のりや

2013年08月19日 12:04

先週とあるカレー屋のお話をしましたが、今回はちょっとそれと対照的なラウンジオーナーのお話。

そのオーナーはいわゆる地方の秀才として「出来杉君」的な感じで、手にかからないまじめな優等生として育ち、進路も親の意向の従って高校は地元の進学校に入学した。入ってみるとそこはオタク風なガリ勉が集まるところだったので少し反発を覚え、とはいえ非行の道に走るようなことは無く、ほどほどに怠惰な学生生活を過ごすことにした。そして大学の進学時に、この冴えない世界から飛び出ようと、地元の国立ではなく東京の有名私大に進学することにした。

大学では2年間は華やかなサークルでチャラチャラ過ごしたが、3年になると「これまで自分は親の敷いたレールの範囲の中でしか人生を歩んでこなかった。このままでよいのか。」と悩むようになり、一度ゆっくり人生を考えてみようと何となく好きだったイタリアに行ってみることにした。元々人見知りで不安だったが、イタリア人は思いのほか優しくどこに行っても困ることは無かった。そのときイタリアにはどの街にも「バール」と呼ばれる気ままに地元の人がコーヒーを楽しみながら、話し合う空間があることを知った。日本のあくせくした雰囲気とは異なるイタリア人の人間らしい生活に感動を覚えてそれから毎年のようにイタリアに足を運ぶようになった。

ipaバール

就職もイタリアがらみの企業がいいと、その大学からは異例でもあるイタリア風のファミレスチェーン店に就職した。自分の志向と合致していた(はず)なので当初はやりがいもあり楽しく過ごすことができたが、そのうちチェーン店のあくせくした空間はなんとなく自分のイメージしていた「イタリア的なもの」と違うと感じるようになり「このままここにいていいのか?」と自問自答するようになった。

 

そこで一度全く違う分野に進路を変えてみよう、金融の世界に飛び込むことにした。金融の世界は国力が反映される。そこにいると日本の国力が、日本の企業の競争力が、衰退していることを実感するようになった。「この日本という国でサラリーマンを続けるのはリスキーではないか」そう考えるようになる。でも自分は特別何か出来るわけではない、どうしよう、そう考えたとき自分の中に浮かんできたのは、やっぱりイタリアのバールの姿だった。

cafe

 

「日本でイタリアのバールみたいな温かい空間を作れないか」そう考えながらカフェにいたが、長居しているちに居心地が悪くなった。周りを見てみるとどうやら自分と同じように居心地悪そうに長居している人がたくさんいることに気づいた。みんな勉強や将来について話し合うのにカフェを使っているのであって、本当はコーヒーのみにカフェに来ているわけではない。そう気づいたとき「これだ」と思うようになった。

 みんなが集まって自分の将来について考えたり勉強したり、はたまた遊んだりできる温かい空間を作ろう。

そう思ってから突っ走って会社も辞めて、都内の閑静な住宅街の片隅に自分がずっと憧れてきた「イタリアのバールのような」会員制ラウンジをオープンした。

バール

ところが 現実は厳しかった。オープンしても閑古鳥が鳴き続け、一日中受付でたって過ごす日もある。創業資金もどんどん減っていく。たまに入会する会員も自分が目指す「人の交流がある温かい創造・勉強の空間」というコンセプトとはかけ離れた「一人きりの自習室」としてラウンジを利用する人が大半だ。そんなある日自分の目指す方向性を理解してくれる新規入会者と会話を楽しんでいたら、奥で勉強していた他の会員の方が凄い剣幕で迫ってきた。

「お前はオーナーのくせに、なんで会話なんかして俺の勉強を邪魔するんだ」

会員の方の気持ちもわかるが、自分としてはこだわりがある。ここは引き下がれない。改めて、このラウンジを人が交流してみんなで楽しんでお互いを高め合う場にしたい、そんな想いを説明した。するとその会員は、

「そんなんだからここは流行らないんだ。このままだったらここ潰れるぞ。一晩考え直せ。」

そう吐き捨てられた。確かに会員の言うことも最もだ。ただ自分の想いも捨てたくない。でも現実は厳しい。さんざん迷ったが次の日にその会員に

「やっぱり自分の想いを貫きたい。ここは日本のバールなんです。」

ということを伝えた。その会員はほどなく退会を決めた。それからも相変わらず閑古鳥が泣き続けていたが、自分の想いを信じて日々ブログで発信し続けたところ、あるテレビ局がそれに共感して番組でラウンジを取り上げてくれることになった。資金的にも行き詰まっておりもう潰れる寸前だった。「この場が最後のチャンスだ。」そう思い番組で店の紹介に交え自分の想いを伝えたら、次の日からそれに共感した人たちが押し寄せるようになった。その後は一気に会員が増え続け、あっという間に黒字転換を果たした。

 

結局彼は最初から最後までその店の一番のユーザー像であり続けるようとしたこと、そして自分のようなユーザーを集めるというビジョンを曲げなかったことで成功を収めることが出来た。今ではそのラウンジは10店舗近く全国に展開している。

 

そんな話でした。ではでは今日はこの辺で。


編集部より:このブログは「うさみのりやのブログ」2013年8月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はうさみのりやのブログをご覧ください。


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