安藤美冬『冒険に出よう』7万部突破の謎 部数の耐えられない軽さ

2013年08月23日 07:30

ノマドワーカー安藤美冬氏のツイートをみて、ふと疑問に思った。彼女の処女作は昨年11月に発売され、「発売後1週間で7万部突破」したというのだが、約9ヶ月経った今も部数が変わっていないのだ。

イマドキの書籍プロモーションにおける部数の耐えられない軽さについて考える。


彼女の2013年8月21日 23:11のツイートにはこう書かれている。

7万部突破の拙著『冒険に出よう』が電子書籍にて半額となりました!この機会にぜひ。発売から9ヶ月が経ちましたが、未だに毎日のように反響をいただいてます。@u25_books:【半額!600円】「冒険に出よう」 kindleでも発売中!!(注:原文にはURLがあるが、削除した)

「7万部突破」と書かれていて、現在の正確な部数はわからない。ただ、もし8万部などを突破したならば8万部突破と書くはずだ。現在も7万部台だということが想定される。

この本は、2012年の11月28日に発売され、「発売後1週間で7万部突破」したはずだ。ログを見てみた。たとえば、日経トレンディのサイトに2013年04月26日付で載ったインタビュー記事「連載:若者研究の気鋭、原田曜平が斬る! 『新世代のワカモノ民族学(エスノグラフィー)』 身軽に、ルパン三世のように働こう ~対談・安藤美冬」の彼女のプロフィールには、こう書かれている。

処女作『冒険に出よう』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)は発売一週間で7万部突破

出版社であるディスカヴァー・トゥエンティワンのブログでも、2013年3月18日のエントリー(ちなみに、この日彼女は「笑っていいとも」に生出演した)で、「7万部突破」ということにふれている。なお、私が見た限りでは同社のブログには「1週間で7万部」という記述はなかったが、その頃、出版関係者からも「1週間で7万部」という話を聞いていたし、タイムラインでも話題になっていたので、どうやら正しいだろう。

ここで明らかなのは、同書が「発売後1週間で7万部突破した」ことと、現在もどうやら7万部は突破しているものの、8万部は突破していないようだということである。もちろん、電子書籍のダウンロード数は除くが、これも好調ならリリースがあるだろう。9ヶ月経って書籍の部数が伸びていないのは不自然である。

ただ、勝間和代氏風に言うならば「起きてることはすべて正しい」わけで、同社は初期段階で同書を意志を持って7万部刷ったのもまた事実である。

「7万部」という数字はあくまで刷り部数であり、実売部数ではない。ただ、この数字を上手く利用して彼女のPR活動、プロモーション活動が行われたのもまた事実である。「笑っていいとも」に出演した際も「1週間で7万部」は話題になっていた。

出版業界でよく言われることではあるが、部数とはあくまで刷り部数である。中には意図的に大増刷を行い、それ自体を話題にするという手法はある。昨年の阿川佐和子氏の『聞く力』(文藝春秋)や、最近では村上春樹氏の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』などもそうだと言えるだろう。

ここまで書いておいてなんだが、ディスカヴァー・トゥエンティワン社や、ましてや安藤美冬氏を批判するつもりではない。むしろ、出版業界において、このような部数を利用した手法、「おれおれ詐欺」ならぬ「おれうれ詐欺」まがいの手法が、立派なプロモーション手法になってしまっている現象をまず直視するべきだろう。

これに合わせて言うならば、音楽業界同様、マネタイズの手法が変化しているとも言える。つまり、本を売るのではなくて、それに合わせたイベントやセミナーなどを含めて売るという手法である。

津田大介氏と 牧村憲一氏による『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)は、音楽業界におけるマネタイズが、単なるパッケージのCDを売る手法から変化していることを論じている。ソーシャルメディアを活用しファンとつながるなど、ファンとのつながり方も変わっている。また、CDや音楽配信だけではなく、ライブで売る、グッズを売る、ファンクラブに入ってもらうなど、マネタイズの手法も変わっている。

さやわか氏による『AKB商法とは何だったのか』(大洋図書)も、タイトルにAKBと入りつつも、エンタメ界におけるマネタイズの手法の変化を論じている。別のコラムでもレビューを書いたが、「握手券、投票券で売るのはいかがなものか」などと批判を浴びがちなAKB商法について、これまでのアイドル界の歴史、そしてAKB48の歴史を紐解きながら、善悪、好き嫌いなどの感情をいったんおいておいて、冷徹にまとめた良著である。

安藤美冬氏の『冒険に行こう』における部数をプロモーションに使う手法も、彼女がメディア露出やイベントなども含めてマネタイズを行っており、音楽業界での動きとの類似点を見出すことができる。

ディスカヴァー・トゥエンティワンは、取次を通さずに書店に並べる手法をとっているし、書店によっては、ビジネス書のコーナーだけでなく、同社のコーナーが設置されているので、長く売り続けることができる。いきなり7万部刷ったのも、同社の意志だと言えるだろう。

同社のブログによると、発売直後は様々な書店でベストテンに入っているのは、事実だ。私の本よりもよっぽど売れてそうなのもまた事実であることも、悔しいが認めなくてはならない。

もっとも、これは、好き嫌いから言うならば、決して好きにはなれないのだけれども。

ただ、読者もバカではないので、「◯万部突破!」とか「◯◯書店で◯位!」のような告知に、そのうち反応しなくなるだろう。いや、わかっている人はとっくにそう思っているのだけれど。

この手法が効かなくなったときに、売るためには、どこまでやらなければいけないのか。

というわけで、華々しい部数は冷めた目で見なければならないのだ。

売れ方で言うならば、同時期に発売された今野晴貴氏の『ブラック企業』(文藝春秋)は今週、10万部を達成した。これで11刷。3000部ずつくらいの増刷を繰り返したという。読者が確実に増えた結果だと言えるだろう。論争も起き、社会的インパクトも大きかった。私はこういう売れ方を支持したい。

最後に、安藤美冬批判、ノマド批判も一段落した今日このごろだが、後藤和智氏の電子書籍『「働き方」を変えれば幸せになれる? (平成日本若者論史)』が激しく秀逸だった。安藤美冬氏はじめ、新しい働き方、自由な働き方系の著者をメッタ斬り。深く読み込んでいて、説得力が違う。ネタバレだが、最後は私も斬られているが、斬られて爽快感すら沸き起こるほどよく書けている。ぜひ、ご一読頂きたい。

彼のように魂かけて、商業出版に負けない内容の同人誌を書き続けている人もいる。

本当、今どきの商業出版って、モンキービジネスじゃないか。そこで私も踊らされているわけだけど。

試みの水平線

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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