コンピュータ支援教育の問題点について

2013年09月01日 10:49

前記事:「デジタル教科書の導入を急ぐ前に」では、デジタル教科書のどういう点に、私が危惧を感じているのか、を述べていなかったので、その点について書きたいと思います。 


どういう学力が社会で求められるのか

社会で必要とされる学力はどんなものでしょうか? この問題を考えるために、現在の大学生がどのような問題が得意で、どのような問題が苦手なのかを紹介しましょう。

問題1:  関数 f(x) = x^{2}sin x を微分せよ。

といった問題は、大抵の学生は苦も無くできます。  

ところが

問題2:半径1の2つの直円柱が、中心線が交わった状態で、お互いを貫く形で直交している。共通部分の体積を求めよ。 

といった問題になると、全くできないのです。

この問題は、まずどのような状況になっているのか、イメージし、それを図示し、共通部分がどのような形なのか、イメージしたうえで、重積分を行って求めることになります。計算自体は暗算で出来るほど簡単なのですが、現在、理工系の大学4年生に出した場合、正解率は10%未満、恐らく1%未満でしょう。何故か? それは2つの円柱の共通部分をイメージできないからです。このように非常に具体的な問題であっても、少し状況が複雑になるとイメージできないもののようです。

問題3:(実数からなる)等差数列全体のつくる線形空間の次元を求めよ。

となると、何を訊かれているのかすら分からない学生が大部分です。こういった非常に抽象的な対象や概念をイメージできるというのは、かなり高度なことのようで、大部分の学生は非常にあやふやな理解しかしていません。  

以上3つの問題は、順を追って難しくなるのですが、イメージする力や、抽象能力が非常に低下し、現在、上の問題2,3は、ほぼ出来ないと言ってよい状態です。

また、最近、顕著な現象として目につくのは、学生がグラフが書けなくなってきていることです。 例えば f(x) = (sin x)^2のグラフを書かせると滅茶苦茶な解答が多数出てきて当惑します。 これは倍角の公式を使うと簡単に描けますが、学生は判で押したように微分をして極値を求めるのです。そしてグラフがx軸の下側に出ていたり、値が1を超えていたり無茶苦茶な解答が出現します。グラフを書くということが、微分して極値を求める、というマニュアルに直結し固定化してしまっているわけです。
 

それでは、社会で求められている学力は、上の3つの問題の中、どのレベルでしょうか? 私は問題2のレベルではないかと思います。  

現在、現象を数式で表現できている場合には、コンピュータで計算することで、数値解析は誰でも容易にできます。 問題は問題2のように、数式が表面に表れていない問題に対して、如何にそれを数式で表現し解決に導くか、という点にあるので、こういったレベルの学力が今求められているのです。

つまり、一昔前まで、必要だった手計算の能力、公式の暗記といったレベルの能力は、機械で既に代替されているわけです。例えば、有限要素法で現れる、巨大な行列の行列式の計算のようなものを手計算で行っているケースは現在皆無でしょう。 

意味のある学力が、知識ではなく、よりレベルの高い、自ら主体的に考えて問題を解決してゆく能力に移ってしまっている訳です。

これは必ずしも、数学に限らない話で、知識自体は、コンピュータの検索機能で代替されてしまっており、ここでも、問題を自分の頭で主体的も考え、解を論理的に組み立てる能力が必要とされているわけです。

ついでに言うなら、現在起きている、労働の二極化、格差の拡大という現象も、機械で代替されない能力を持った人材と、そうでない人材の格差の拡大と捉えることもできるでしょう。

理解することと、出来ることは違う

さて、デジタル教科書のような、コンピュータ支援教育の問題に入りましょう。

私が、コンピュータ支援教育で危惧するのは、主体的に考える力を身に付けることに繋がらないのではないか、ということです。

確かに山田さんの言われるような

今までは、紙の教科書は視聴覚教材やドリルと分離して提供されてきた。一方、デジタル教科書は、ワンクリックで視聴覚教材やドリルにジャンプする、教科書と教材が混載されたコンテンツである。例を挙げれば、英語なら文章をクリックするとネイティブの音声が流れるもの、理科なら卵からカエルまでの成長過程を短い動画で提示するもの、算数なら四則演算のドリルが組み込まれたものである。

といったデジタル教科書の機能は、理解を助けることになるでしょうし、学生の興味を喚起するかもしれません。 

しかし、こうやって身に付く学力は、視聴覚から入る強烈な刺激による反射的なもので、前節で提示した、問題1レベルの学力です。 これは、社会で求められているレベルの学力ではないでしょう。

つまり、コンピュータ支援教育の問題点は、その成り立ちから、コンピュータで代替できる能力以上の能力を身に付けるのには適さないのではないか、知識の吸収やマニュアル化された動作の反復以上のものではないのではないか、と考えるわけです。

私が、長年、大学で数学を教えていて感じるのは、マニュアルにないものは、学生は出来なくなりつつあるということで、この傾向は近年、極めて顕著です。 こういった傾向が助長されるようだと、非常に深刻な問題です。

今、世の中で真に必要とされる学力を身に付けさせるために、デジタル教科書が本当に有用なのか、もう一度考え直した方がよいのではないでしょうか。 

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