デジタル教科書のデメリットについて

2013年09月04日 12:42

前記事で、デジタル教科書の本格導入には、薬の治験と同じく、大規模な実証実験が必要と述べたところ、山田肇さんが3本もの記事([1],[2],[3])を投稿して反論されました。

そこで、デジタル教科書の導入にどのような反対意見があるのか、気になっていたのですが、最近、国立情報学研究所教授の新井紀子さんのブックレット:「ほんとうにいいの?デジタル教科書」を読んで、同志を得た気がしました(著者の新井紀子さんは数学者であり意見が一致するのは当然と言えば当然なのですが)。 

ここでは、この本を元に、デジタル教科書のデメリットについて簡単にまとめておきたいと思います。


少ない情報量が思考の深さをつくる

私の職業は数学者で、数学を日々研究しています。未解決の問題を解くわけですが、問題を解くのには、集中力が必要です。では、集中力とは何でしょうか? それは、頭の中に不必要な情報を置かないことです。プロ棋士は、頭の中に将棋盤を思い浮かべ、その上で将棋の駒を動かして考えるそうですが、これと同じで、頭の中を空っぽにして、論理だけを追うわけです。論理がまとまれば、数式に書いて確認する、これが基本的な研究活動です。

勿論、私にも授業やセミナー、会議といった仕事もありますが、研究のコツは、そういった研究外の仕事中も、頭の片隅で、問題を考えている状態を維持しておくことで、そうしないと研究は進みません。これは、いつもルービックキューブを弄りながら、別の仕事をしているようなものですが、これをするのには、頭のワーキングメモリーを使い果たさないように、他の仕事にメモリーを割かないで、研究に使うメモリーを残しておき、なおかつ研究を出来る限り単純化しワーキングメモリーをあまり使わないでよい状態にしておくのが大事なわけです。

特にこの一点を突破できれば、というところまで研究を煮詰めて単純化してしまえば、あとは日がな一日問題を頭の中で考えていると、たいていの場合は数か月で解けるものです。 

このように、頭の中を上手く整理しておき、情報量を少ない状態にしておくことが、問題解決には必要なわけです。

このことは実験でも確かめられていて、マイアルとドブソンの実験で、ある文章をパソコンの画面で読む際、ハイパーリンク(リンクの形で付ける注釈)ありとハイパーリンクなしの2通りで試したところ、ハイパーリンクなしの方で学ぶ方が内容に集中しやすく、学習効果が高いという結果が出ています。 情報量が多いことが思考の妨げになるのです。また、人間の頭脳のワーキングメモリには限界があるため多くのタスクを同時に行うマルチウインドウの状態では、学習能力が低下すると考えられます。

デジタル教科書のデメリット

「ほんとうにいいの?デジタル教科書」に書かれているデジタル教科書のデメリットを列挙すると:

(1)紙の教科書の方が、情報量が少ないために、学習効果が高い。動画などの挿入は分かり易い反面、集中力を途切れさせてしまう。

(2)書くことや考える時間の減少につながる。デジタル教科書は検索で瞬時に情報を得ることができるため、ある課題に答えを出すために、自分の手や頭を使わなくなる子供が増える恐れあります。これは、「検索できない内容に対して、頭を使って答えが出すことができない」という問題がある。

(3)一覧性や俯瞰性に欠ける、紙の教科書は、複数の資料を拡げたり、パラパラめくったりすることで思考の発展を促すが、デジタル教科書でもモニターの画面の大きさという制約があり、こういった使い方は困難である。

(4)モニターのバックライトなどの目に与える負荷が大きい。

(5)ドリルなどによるプログラム学習は、ベーシックな知識とスキルを身に付けさせるのに有効であるが、思考力、判断力、表現力、問題解決能力を身に付けるのには向いていない。学力に問題のある子のサポートには役立つかもしれないが、21世紀を生き抜く創造的な学力を身に付けるのには適さない。

というようにまとめられます(他に費用などの問題もありますが割愛しています)。

学習効果についても、新井さんは、科学的に立証可能な範囲は限られているとし、「知の熟達者(研究者、技術者)が、コンピュータを日常の道具として使いこなしているのに、考え事をする際に、わざわざデジタルの資料を紙で印刷して、机の上で見比べたりするシーンがあるというのであれば、それは現在のハードウェアに足りない何かがあることを示している」と述べられています。 

また、テストなどで、デジタル教材の効果が認められる場合でも、それが、思考力、判断力、問題解決能力といった深い理解に役立つのか、十分な検証が必要でしょう。つまり、デジタル教材で、学びの質が変化してしまい、基礎的な知識、スキルが向上しても、本来求められるべき深い理解の妨げになっている可能性があるからです。

21世紀を生き抜くための学力とは何か

デジタル教科書推進派は子供たちにどのような学力を付けさせようとしているのでしょうか? これを知るには、デジタル教科書教材協議会理事長の中村伊知哉氏の意見を見ればよいでしょう。

中村氏は、シンガポールのIT教育を評して「コミュニケーション力や創造性を高めるとか、あるいは自立心を養うといった、学力だけではなくて、これからの子どもたち、21世紀を生きる力を育もうとしている」、と述べています。中村さんは、ICTを使ったコミュニュケーション力や創造性を子供の中に身に付けさせようというご意見のように思われます。

しかし、新井紀子さんは

課題になっているのは、文章を論理的に読み取ったり、抽象的な概念を理解したりする部分であり、そこで学力格差が生じている。学力格差が、具体と抽象の間の溝を飛び越える能力の差に由来するのだとしたら、アニメーションやドリル型デジタル教材は学力格差を埋める上であまり役にたたない。

(「ほんとうにいいのデジタル教科書」, p.30)、と述べているように、大事なのは、論理力や抽象能力と考えているようです。

私は、新井さんと同じく、論理力、抽象能力や、長時間同じ問題を考え続けられる集中力が、21世紀を生き抜くための学力であると考えます。 

デジタル教科書推進派の人たちは、「世界がデジタル化し世界の人たちが繋がってゆく中で、デジタル技術を子供の頃から身に付けておくことは、必要だ」と言います。

確かに、21世紀を生きるのにITスキルは必要でしょう。しかし、そんなものは誰にも教えてもらわなくても、多くの高校生は身に付けていますし、学校で教えることではないでしょう。パソコンで必要な情報を検索したりすることは、誰だってできるのです。こんなことを学校で教えるのは退屈極まりないし、下らないことだと思います。

実際、私も論文を書くのが、タイプライターから端末、さらにはパソコンへと変わったり、手紙を書くのが電子メールへと変化しましたが、少しも困ったことはありませんし、必要なITスキルは誰にも習ったことはなく、見よう見まねで習得しました。

実際、大学で教育していて、ITスキルが足りなくて、検索ができない学生には会ったことがありませんし、彼らは誰に教えられなくても、スマートフォン、タブレットやパソコンを自在に使いこなしています。これ以上IT教育が必要でしょうか? 必要ないと思います

問題はそういうところになく、情報を厳選して、長時間、同じ問題を考え続けることのできる思考の持久力や、論理力や抽象能力が重要なのだと思います。 

正直申し上げて、デジタル教科書の導入はデメリットが大き過ぎますし、紙の教科書のメリットは大きいので、紙の教科書と併用し、それを補完する形でしか使えません(このことは中村伊知哉氏も認めているようです)。紙の教科書の補助教材に、1,000億円単位のお金を毎年使うのは止めた方がいいでしょう。 

補足

私は中村さんの言われるような「アニメーションや音楽を子どもたちが自分で作って、それを世界に向かって発信する」ことが子どもたちの創造力を高めるとは少しも思いませんし、、
「日本はその「みんな力」「ソーシャル力」の高さを示してもいます。2011年末には秒間2.5万バルス!でツイート世界記録を達成して世界を驚かせました」といった事実は本当にどうでもよい、下らないこととしか思えません。
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