デジタル教科書を巡る議論の論点整理

2013年09月07日 22:10

最近、デジタル教科書の導入に懸念を示す記事を3つほど書きましたが、それをきっかけに、デジタル教材協議会の中村伊知哉さんと、やり取りをするようになりました。

ここでは、このやり取りを実り多いものにするために、デジタル教科書導入についての論点を整理したいと思います。


紙とデジタルの優劣が問題の本質ではない

デジタル教科書にはデジタル教科書のメリットデメリットがあり、紙の教科書にもメリット・デメリットがあります。このことは、中村さんも認めていて、デジタル教科書と紙の教科書を併用することを考えておられるようです。

問題の本質は、デジタル教科書が、紙の教科書を完全に代替出来ない以上、授業時間を増やさないと仮定した場合、デジタル教科書を使う時間の分だけ、紙の教科書を使う時間が減少し、紙の教科書を使うメリットが減少するということで、それを補って余りあるメリットをデジタル教科書が持っているのか?、という点にあります。

理数系学会はデジタル教科書の何を懸念しているのか

このようなデジタル教科書を導入した場合の紙の教科書のメリットの減少を心配している人たちがいますが、その一例として、理数系学会が何を心配しているのかは、次のニュースを見ればよく分かるでしょう:

「デジタル教科書」に理数系学会が提案と要望 「授業のプレゼン化」に注意

情報処理学会、日本数学会など理数系学会は12月7日、「デジタル教科書」の活用についてまとめた要望と提案を文部科学省に提出した。CGの多用や「授業のプレゼン化」で子どもたちを「分かったつもり」にさせるのではなく、実際の実験や手を使った作図・計算によって学習を深めていくことが大切だとして、デジタル教科書の活用時に留意すべき9項目のチェックリストをまとめている。

 提出したのは、「理数系学会教育問題連絡会」に加盟する情報処理学会、日本数学会、日本化学会、日本化学会化学教育協議会、日本統計学会、日本動物学会、日本物理教育学会、日本地球惑星科学連合。

 要望では、各学会ともデジタル教科書・デジタル教材の活用が教育を高めていく上で必須であり、活用に取り組んでいくとの認識を示した上で、初等・中等教育での活用では児童生徒の発達過程と教育内容との関連についてよく考慮し、「教育そのものを高めていく」という目的にかなったものである必要があるとして、以下の9項目のチェックリストをまとめ、文科省の施策などが全項目を満たすよう求めた。

(1)「デジタル教科書」の導入が、手を動かして実験や観察を行う時間の縮減につながらないこと。

(2)「デジタル教科書」において、虚構の映像を視聴させることのみで科学的事項の学習とすることが無いこと。

(3)「デジタル教科書」の使用が、児童・生徒が紙と筆記用具を使って考えながら作図や計算を進める活動の縮減につながらないこと。

(4)「デジタル教科書」の使用が、児童・生徒が自らの手と頭を働かせて授業内容を記録し整理する活動の縮減につながらないこと。

(5)「デジタル教科書」の使用が、穴埋め形式や選択肢形式の問題による演習の比率増大につながらないこと。

(6)「デジタル教科書」の使用が、児童・生徒どうしが直接的に考えや意見を交換しながら進める学習活動の縮減につながらないこと。

(7)「デジタル教科書」の使用により、授業の「プレゼンテーション化」や、児童・生徒に対するプレゼンテーション偏重・文章力軽視意識の植え付けが起きないようにすること。

(8)「デジタル教科書」の導入に際して、教員の教科指導能力が軽視 されることがないように、また教員の教材研究がより充実するように配慮すること。

(9)「デジタル教科書」の導入に際しては、少なくとも当面の間は、現行の紙の教科書を併用し、評価や採択においては紙の教科書を基準とすること。

 情報機器の長時間の利用による健康問題、学習行動の電子記録を行うことの児童生徒のプライバシー問題についての検討も求めている。(2010年12月07日)

私は、この提案を日本数学会に所属していながら不覚なことに最近まで知りませんでしたが、この提案は極めて適切なものです。非常によく練られており、こういった点が全て満たされることが、デジタル教科書導入の最低条件でしょう。

これを見ると、デジタル教科書の使用により、生徒が頭や手を使わなくなることを懸念した内容になっています。

基本的に、紙と鉛筆で授業のノートを取りながら、授業の内容を整理してゆくことで、生徒が頭を使い、実験をしたり、紙の上で計算や作図を行い、紙に文章を書いてゆく時間を削減しないことが求められており、授業の進め方は、従来のものと変わらず、デジタル教科書の使い方としては、電子ブック+プレゼン用のためのものとの位置づけといってよく、しかも少なくとも始めの中は、電子ブックとしての機能も、紙の教科書の補助といった位置づけです。 

私は、こういった項目が全て満たされ、十分な実証実験が行われ、十分な有効性が確認されるならば、デジタル教科書導入に賛成したいと思います。、 

子どものコミュニュケーション力を育てよう

最近、所謂便所飯に見られるように、若者のコミュニュケーション能力が低下しているように思います。またネット依存の中高生が51万8000人もいるという推計が出されています

ネットで、世界の人たちと繋がるということは、一見素晴らしいことなのですが、デジタル機器での繋がりはあくまでバーチャルなものです。ネット依存が起きる原因はバーチャルな繋がりをリアルなものに感じてしまうという点にあると思います。理数系学会の提示したチェックリスト(6)で生徒どうしのコミュニューケーションが重視されているのは、非常に妥当です。

世界の人と繋がることよりは、目の前にいるクラスメートと繋がった方が、ずっと教育効果は高いのではないでしょうか?

デジタル機器によるコミュニュケーションの不完全性を私自身、感じることがあります。

その例を挙げると、海外の研究者との共同研究をする際の電子メールのやりとりです。電子メールで、お互いの考えを共有するというのは、極めて難しいことで、実際に会って話をすれば、10分で分かり合えることが、電子メールでは不可能なことがよくあります。  

またデジタルの方が優れていると思われている、プレゼンテーションでも、同じような現象があります。それは、数学の国際研究集会で一時広く使われていた、パワーポイントや、LaTeX Beamerといったプレゼンテーションソフトが、数学の研究発表では最近、ほとんど使われなくなってきたことです。大講堂での発表や、学会の10分講演などでは使われますが、50分講演といった、ある程度の長さの講演では、プレゼンテーションソフトは、あまり使わないのです。

これは、何故かというと、プレゼンテーションソフトでの発表は色鮮やかで、視認性は素晴らしいのですが、聴衆には内容が良く分からないし、進行が速すぎてノートを取るのが難しいからです。黒板にチョークで書く講演は、聞きながらノートを作る余裕があり、頭を動かして内容をチェックしながら聞けるのが、優れています。私自身、パワーポイントを使った講演を聞いて、ノートを作れたことがありません。

私も、パワーポイントを使って、授業をしたことがありますが、原因は特定できませんが、結果は惨憺たるものでした。 授業の速度は注意して遅くしたのですが、学生には分かりにくいものになったようです。これも講演の場合と同じようなことが原因なのかもしれません。

このように、人間の能力は、情報機器の発達には、全く適応できていないので、デジタル機器を上手に使えば、従来にはなかったような、素晴らしい能力を発揮する人たちが出現するということは期待できないように思います。

デジタル教科書推進派に立証責任がある

中村さんの論点は、「デジタル化が進む世界に、日本が乗り遅れるな、デジタル教科書の導入の是非を議論している暇はない」ということに尽きるようです。そして、デジタル教科書導入にリスクがあることを、デジタル教科書反対派が立証することが必要だと考えておられるようです。 これは下のツイートを見れば分かるでしょう。

しかし、実際には、始めに述べたように、デジタル教科書が紙の教科書を完全に代替出来ない以上、デジタル教科書導入には、紙の教科書のメリットが減少するという弊害が存在しますし、現状の変更を申し立てているのは、デジタル教育推進派なのですから、デジタル教科書導入の妥当性の検証の責任は、デジタル教科書推進派にあるわけで、理数系学会を始め、多くの人たちが示している懸念について、一つ一つ丁寧に、検証作業をする責務があるわけです。ですから、デジタル教科書導入の弊害について、それがないと、いうのなら、立証責任を負うのは、デジタル教科書を推進する側であることは、全く完全に疑う余地のないことです。

ですから、大規模かつ十分な実証実験をし、そういった懸念が杞憂であることを示す必要があるでしょう。

それに対して、中村さんが、逆に反対派に質問をして論点をずらしたり、反対派に立証責任を負わすような発言をするということは、許されることではないでしょう。多くの人たちが懸念を示している以上、丁寧にそういった懸念に応えるというのが、中村さんの責務のはずです。

私から見ると、中村さんは、騒ぎ過ぎだと思います。例えば上に挙げた、1番目のツイートで「5歳児に一人一台!」と衝撃的なニュースのように述べていますが、実際にリンク先のニュースを読んでみると、大垣市の牧田保育園の5歳児の児童15人に一人一台iPadを渡して指導する実験をしたというだけのことで、市が貸し出し用に30台を用意し、今後6園が交代で利用するということになっています。つまり一人一台支給したわけではないわけで、こういう言い方は、ミスリーディングだと思います。

私には、中村さんや山田さんが、反対意見をないがしろにして、性急な導入に動いているように見えるので、導入の妥当性の立証責任があるデジタル教科書推進派の方々に、今までに示されている懸念に対して、一つ一つ丁寧に答えて下さるように善処をお願いしたいと思います。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑