福島原発事故、観光でイメージ回復を-東浩紀・石川和男対談(下)

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GEPR編集部
)より続く。

チェルノブイリから考える福島・その1「報道の質」

001チェルノブイリの現状は、福島の放射能問題の克服を考えなければならない私たちにとってさまざまな気づきをもたらす。石川氏は不思議がった。「東さんの語る事実がまったく日本に伝わっていない。悲惨とか危険という情報ばかり。報道に問題があるのではないか」。「確かに日本のメディアは何やっているんだと思うことがいくつかあった」と、東氏は振り返った。


「ニガヨモギの星公園」が、チェルノブイリ原発の近くに、事故後25周年でつくられた。式典などが行われ、今後福島が原発から復興する中で、参考になる情報だ。ところが日本のメディアで、取り上げたのは東氏らが初めてだった。

また本執筆者の一人である社会学者の開沼博氏は、東氏らとの今年4月の訪問の後で、今年夏にチェルノブイリを再訪して、近郊のコロステン市の医師たちから、「日本での報道がおかしい」と不満を聞いたという。NHKのETV特集では「チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告 第2回
ウクライナは訴える」で、子供たちの健康被害が多発していると、医師たちが語ったと伝えた。

ところが健康被害のある子供はいるが、それはごく少数で、大半の子供は健康に暮らしているという。それを医師が強調したのに伝えられなかった。「その町は何万人もの人が普通に暮らし、元気な子供が跳ね回っている。常識的な感想だが、なぜゆがめて報道しているのかと、思ってしまう」(東氏)

東氏は日本のメディアの記者は、手を抜いた取材をしているのではないかと指摘した。頭の中で事前に原稿や番組をつくり、現地コーディネーターに「危険を伝える人をアレンジしてほしい」と電話して、車で回って帰る。チェルノブイリやウクライナの現実を聞き、調べ、伝えるという、意欲が欠けているように思えるという。そのためにウクライナの人々は、チェルノブイリの現実を、多面的な視点で本にまとめた東氏らの行動を喜んだそうだ。

「文章で他者に物事を伝えることでは、『人間が生きていることをどうとらえるか』という問いに直面する。人は単純な存在ではない。ウクライナでは、後遺症を抱える人が24時間、後遺症だけを考えているわけではなかった。社会でもさまざまな考えを持つ人が共に暮らしている。モザイク型だ。ある部分だけを切り取って、シンプルな問題の構成にしてしまうと、現実が見えない。ちょっと見方を変えれば気づくのに、日本の報道では多様な声を拾い上げようとする努力が見られない」。東氏はこのように批判した。

福島の報道では、東氏も石川氏も、多様な意見を拾い上げる努力をメディアはしていないと感じるという。「福島は危険か安全か、原発賛成か反対か、こんな簡単な話ではない。単純な報道から変わってほしいと思う」(東氏)。

チェルノブイリから考える福島・その2「悪しきイメージの危険」

また東氏は、この本の製作を通じて、日本で特徴的な見方に、問題点が見えたという。それは「先入観の強さ」「イメージの怖さ」だ。

チェルノブイリを訪問する政府・行政関係者やジャーナリストといった日本人に、不信感を持つウクライナ人が多いという。ウクライナとチェルノブイリには「悪いことしかない」「事故で終わった」と思い込み、否定的なことばかりを聞く。さらに自分たち日本人は優れていると思い込みがあり、ウクライナから学ぼうとしない。「一緒に何かやろう」と提案しても、なかなか動かないそうだ。

そして日本からの訪問者は、ウクライナの人に「あなたは原発に賛成ですか、反対ですか」と、単純な質問をする。それぞれの人は答えを持つが、そこに至るまでの考えのプロセスがあるのに、そこには関心を示さない。そのために現地の人は誰もが「その質問に答えられない」とするそうだ。

それが福島にも繰り返されつつある。福島では大多数の人が平穏に暮らしている。ところが先入観で、「原発事故で福島は壊滅した」という思い込みをつくり、それをなかなか変えない人がいる。報道もそうだ。

「チェルノブイリについて「死の町だ」「汚染だ」などという思い込みは、こっけいささえ感じる。日本人がウクライナを放射能で悪く言うことは、他国の人が「日本は原発事故で終わった」「日本人は無能」と日本を誹謗することと同じこと。なぜそれに気づかないのか」と、東氏は指摘した。

確かに福島原発事故の後で、原子力や放射能について、拒絶反応があるのは仕方がない。しかし原発についてどのような考えを持とうとも、チェルノブイリや福島を誹謗する必要はない。「原発事故に直面した日本人だからこそ、誤った情報の拡散をやめて問題に慎重に向き合なければならないし、ウクライナと連帯して行かなければならないと思う」(東氏)。

(写真4)霞が関政策総研チャンネルでの石川氏(左)と東氏

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イメージ回復が福島で必要

東氏によれば、この「ガイド」本の反響の大半は好意的な半面、「現地の悲惨さを伝えていない」「原発容認か」など、パターン化した単純な批判が繰り返されるという.
「固定観念にとらわれた人は、同じことを言い続ける。勝手にやればいいし、あきらめている。私は自分のやりたいことをやりたい」と述べた。

東氏は今の福島をめぐる「空気」、つまり日本で頻繁に起こる、状況を支配する雰囲気を変えたいという意欲を持っている。「原発事故について「福島怖い」「日本終わり」とけなす空気があるし、それを「かっこいい」と思うインテリの意識があるように思う。そういうものは潰したい。事故を日本人が乗り越える、解決に知恵を絞ることの方が、意味があり、知的で、かっこいいことなのだから」。

同時に空気を変えるのは難しい面があることを東氏は認める。「原発事故では、科学的なデータを出せば誤解が解けると、人は思いがちだ。ところがその状況は最初だけと今は分かった。人々が「怖い」とか、「きたない」と判断するのは、理性的な判断に基づくものではない」。残念ながらチェルノブイリはそのイメージ回復に失敗した。そして福島では悪しきイメージが作られ、定着する危険が高まっている。

観光は情報を公開し、イメージを変える手段

そこで今、東氏は「福島第一原発観光地化計画」を発表している。原子力について素人である東氏らがチェルノブイリ現地を訪問して、得られた構想だ。

観光とは「遊び」、「お気楽」なイメージがあり、不謹慎と受け止められかねない懸念がある。しかし「メリットも多い」と、東氏は強調した。「誰でも来る」という状況は、安全の証明となる。さらに多様な視点を持つ人が来て、その情報が拡散される。また「楽しむこと」は、多くの良い波及効果を生むはずだ。さらに原発事故が落ち着けば、福島では原発以外の産業をつくることを考えなければならない。こうした多くのメリットは、デメリットを越えたものがあると、東氏は期待している。

「現実を見て、それぞれの立場から情報を発信するのが大事だと思う。今、福島は一部の人の脳裏で「モンスター」になっている。現実に接することで変わるだろう」(東氏)。

福島原発周辺地域では今、警戒区域は再編され、普通の人でも入れる。ただし波江町は立ち入りを町が制限、富岡町はそれをやってないなど、差がある。またチェルノブイリの「ゾーン」では出入りに際してガイガーカウンターのチェックを受けるが、日本ではそれがない。放射性物質の持ち出しの危険もある。ある程度の管理を加えながら、今からでも観光を行うことは可能と、東氏は指摘した。原発の近くには東京電力が主導して作ったサッカー場の「Jビレッジ」がある。そこは今、福島原発事故処理のための物資集積地になっている。ここを観光のハブ(中枢地)にも転用できるという。

東氏はこの夏、東電の福島第一原発の正門近くまで行った。汚染水タンクが正門近くまで建設され、この問題の深刻さがひと目で分かった。また現地で、原発事故の作業員と話をした。作業員についてはやくざが関わり、搾取されているという報道ばかりだ。しかし、そんな例ばかりではなく、普通の建設業者の人が大半を占めている。また会った人も魅力的だった。「東電と政府に、機密情報を明かせとは言わない。けれども、こうした現実を公表することは誰にとってもメリットになるはずだ」(東氏)。

まだアイデアの段階であるが、東氏の福島原発観光地化構想について視聴者アンケートでは、68%の人が賛成、12%が反対、20%が分からないと答えた。東氏は「1年前なら、観光はけしからんという批判ばかりだっただろう。社会の雰囲気が冷静になりつつあるのではないか」とまとめた。

番組で紹介した「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」、そして「福島第一原発観光地化計画」は、問題を考える重要な思索である。チェルノブイリの経験を学びながら、福島についてバランスを持った多様な視点から問題を考えるべきときではないだろうか。

チェルノブイリ原発の事故を起こした4号炉とモニュメント(Wikipediaより)

Chernobyl_Nuclear_Power_Plant

(アゴラ研究所フェロー 石井孝明)