「相続で婚外子は平等」の最高裁判決への疑問

2013年09月27日 04:30

ある家族の相続の話

女性にもてないし、金のない私には、実生活で関係のない話だが、婚外子相続の問題を取り上げてみたい。


これについて最高裁が9月4日違憲判決を出した。これまで嫡出子の相続の2分の1が婚外子の相続とされた民放上の規定を14裁判官の全員一致の結論で、違憲とした。(産経新聞記事)すべての新聞が解説と社説で「当然」と言った。「平等」を重視して、法律論を展開すると、確かに違憲判決は妥当という評価が優勢のようだ。

しかし私はへそ曲がりで、全員一致の場合には異論を唱えたくなる。そして一歩踏み込んで考えると、この判決は現実では、いろいろな問題をはらむように思える。

私は記者であり、抽象論を思考するのが苦手だ。50代のある人の現実を紹介したい。

その人はある上場企業の幹部だ。今80代の地方の中堅製造業の社長の父から、40年前に婚外子の一人の弟の存在を聞かされた。始めは複雑な気持ちだったが、共に30代になって交際を始め時おり酒を酌み交わすまでになった。ところが父の体調がよくない中で、この判決で、微妙なすきま風が兄弟の間に入り始めたという。

その人は同腹の妹がいて、妹婿が会社の経営を継いだ。しかし経営は行き詰まり、先は見えない。実入りの良かったのは過去の話で、バブルを経て保有していた土地を売り、家も抵当に入り、父が死んだら不動産への相続税も取られる。資産は、家と縮小した会社の経営権程度しかない。

この人は当初は相続を放棄して、妹と同居する老いた母が暮らせるように不動産としての家を守ろうと考えた。ところが、この判決で法改正が行われれば、それができなくなりそうという。おそらく婚外子の弟は法定相続分を請求しそうだ。「弟とのかけひきが始まって疲れる」という。

法律の素人の「常識」からの疑問

この話をきっかけに、私は判決をめぐり3つの論点が浮かんだ。法律の素人ながら「常識」から抱く疑問だ。聞いた話は一つの例だが、どの家庭にも普遍的に起こる問題であると思う。

第一の論点は「実際の相続の現場ではどうなるのか」という問題だ。

作家の門田隆将氏が、雑誌WILL11月号のエッセイ「事件の現場から–偽善に満ちた最高裁判決」で、日本の現状からこの制度は「日本人の長年の英知を否定する」という面があり、「家制度の破壊につながるのではないか」と指摘していた。

日本の男の平均的な男の稼ぐ力では生涯に家を一軒持てるのがやっとだ。「本妻が生きていた場合、二分の一を取り、嫡出子と婚外子がその残りを平等に分け合うとすれば、それは家を売却して現金化するしかなくなる」という。今の80代は家の形で資産を持ち、その購入に収入を振り向けたケースが多い。それを門田氏は「英知」と述べた。例の家族に確かに当てはまる。

今は相続の負担が苦しいことへの不満が広がっている。この問題に直面する人たちは、制度変更で、今後深刻な争いをするかもしれない。

第二の論点は、社会秩序の問題だ。海外と比べて日本の婚外子の割合は小さすぎる。2008年でわずか2%。スウェーデンの54%を筆頭に、欧米では3割以上がざらだ。

screenshot

図表はこのサイトから引用。

婚姻という制度が維持されている。そしてその維持は、社会的なメリットが今でも多い。だからこそ、法律上も優遇された面があるのだ。それをわざわざ国が壊すことを促す必要はあるのかと、判決に疑問を持った。

第三の論点は、感情の問題だ。

前出の社長ら3人と父との関係は40年前からよくなかったが、婚外子の存在でさらに悪化した。結局、母親は離婚を子供たちのためにしなかったが、この50代男性と父との間は、ぎくしゃくして、何とか和解したのは40代だったという。「自分が不倫して、楽しんだ後で苦しんだから父の気持ちが分かった」のが和解のきっかけと、生々しい話も聞いたが詳細は知らない。ただその人は老いた母親の感情を心配していた。

家庭の破綻で、母は苦しんだ。また夫の新家庭への恨みなかなか消えなかった。それで相続が有利になると、また感情にさざなみが立ちそうだという。関係のない試験秀才の最高裁裁判官たちの決めた判断が、ある一家に波紋を広げている。同じような感情のトラブルが日本の各所の相続現場で広がるかもしれない。

家族制度の維持を評価する立場から

私は自分の思考パターンは、「経済と自由重視、改革志向。ただし、どちらかというと秩序維持を重視し、漸進改革を肯定する」という立場だ。政治学者の故・高坂正堯氏が保守について語った「人は間違えるから、まあ、ぼちぼち世の中を直していきましょう」という考えがしっくりくる。そして同時に、最近の過度の「平等」の賛美にうんざりしている。

そうした立場から考えると、この判決はどうも筋が悪そうだ。家族というメリットのある社会制度を、平等という単一論点を重視するために、その制度存続に悪影響を与えてしまう。そして事実婚の誘因となる。

相続の差を考えれば、生まれの差別につながるという批判があるだろう。確かにそれは認めるが、婚姻という制度が存在する以上、その制度内にとどまる場合は、合理的なメリットを認めるべきと思う。そして相続される資産の差は、家族ごとに大きく違うという現実もある。その現実があるのに、制度内の人に酷な判決になってはいないだろうか。

この判決で社会はすぐに変わるとは思えないが、じわりと家族制度解体に影響を与えていくかもしれない。時代の流れは、あらゆる場面で人の結合が緩やかになり、社会のまとまりが壊れていく状況にある。そして日本は経済力が落ち、貧しくなっていく。それは止めると逆に弊害も大きい面があり、流れに竿をさすことは難しい。欧米のような事実婚の拡大も趨勢であろう。

しかし、家族の解体をわざわざ国が加速させることはあるまい。この賛美にあふれる判決の影に、間違いが隠れているように思えてしまう。

(法律と税法は素人なので、このコラムは感覚的な批判ということは認める。多少は知識のあるエネルギー、金融と違って、歯切れが悪い。議論のタネとして執筆した。間違い指摘は歓迎するし、意見も述べていただきたい。)

石井孝明
経済・環境ジャーナリスト
メール:ishii.takaaki1@gmail.com
Twitter:@ishiitakaaki

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