もちろん海外にもある「おもてなし」の心 --- 岡本 裕明

2013年09月29日 18:59

先週、おもてなしのテーマのブログを書かせていただいたところ多くの方から様々なコメントを頂戴しました。興味の深さを感じさせられます。そこで今日は海外のおもてなしについて触れてみたいと思います。

海外にもおもてなしはあるのか、と疑問を持たれる方も多いかもしれません。が、私の個人的な経験を考えれば海外での経験の方が日本での経験より強烈だったといえるかもしれません。


それを強く感じたのは1980年代始め、私がアメリカ、ニュージャージー州にホームスティに行ったときです。日もとっぷり暮れたアメリカの片田舎の集会場に不安混じりで到着した私を迎え入れたアメリカ人夫婦の第一声は「Welcome to our home! Welcome to my family!」でした。日本とアメリカの小さな国旗を振ってまるで旧知の仲が久しぶりに会うように歓待してくれたのです。

滞在期間、私はこの夫婦に完全に心を開いたと思います。そしてまるで本当の家族のようなおつきあいをさせていただいたのです。勝手がわからない私に様々なアドバイス、時間の過ごし方の提案、更には週末の夜は息子さんや彼の友達がたむろする近くのバーで一緒に大騒ぎまでしました。まさに私の20年後、30年後のベースを作ったのです。その後、そのファミリーとは数回お会いし、その夫婦が日本に来た時には私の狭い家を工夫してお泊りいただきました。ほとんど外部の人が泊まることのない私の実家にアメリカ人夫婦が1週間も泊まるというのは両親にとっても衝撃的なことだったと思いますが実に楽しい思い出となりました。

私はその後、仕事などでアメリカに頻繁に出張し、最終的には一時居住もしていたわけですが、様々な形でアメリカ人のおもてなしに触れてきました。それは自分の友人を多くの人に紹介していただくことやご自宅で歓待されること、自分のこだわりを一生懸命説明したり、私のこだわりを一生懸命聞いてもらうことを通じて「私の為に時間とエネルギーを割いてくれている」という感動もありました。アメリカ人はドライとか効率主義とか言われますが、個人的なレベルに入ると全く違う次元となることもしばしばです。

それはカナダでも同じでした。初対面の私と仕事の後、そのままレストランでワイン談義でとことん盛り上がり、その後、20年以上のおつきあいをしているユダヤの彼にはハヌカからユダヤ式結婚式まで招かれ、共に旅行をした原点は彼流のおもてなしがスタートだったと思います。

私が思うおもてなしは私を「素」にしてくれたことではないかと思います。つまり、あらゆる緊張感が溶きほぐれ、解放されるような気持ちにさせてくれる時、「もてなされている」と感じます。

日本では家に招くというのはそのサイズからなかなか難しいことも多く、結果としてレストランを使います。そこにはもてなしではなく、レストランのサービスが介在することになるのです。また、家に招かれると家人全員がウェルカムの気持ちをもって楽しいひと時を過ごすことができますが、日本でそういうもてなしを受けることはかなり少ない気がします。

そう考えると日本の方がもっとドライなおつきあいが主流になっているかもしれません。

デパートなどの美しい包装ももてなしではないかとする日本に対してクリスマスギフトなどの包装を自分で購入し、心を込めてラップするのとどちらが気持ちがこもっているかといえば後者の方に軍配が上がりませんか?

もてなしの国ニッポンはその言葉の重さと裏腹に急速に冷めているところもある気がします。海外にもてなしを学ぶということもあるのかも知れませんね。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年9月29日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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