フィンランドの教育との比較から見える、日本の教育の問題点

2013年10月01日 00:22

OECDが進めているPISA(Programme for International Student Assessment)と呼ばれる国際的な学習到達度に関する調査において、日本の成績が最近下降し、PISAショックと言われ問題になっている。 

ここでは、教育到達度に於ける、日本の世界に於ける地位の低下がなぜ起こっているのか、それを解決する方法は何か、PISA調査でトップクラスの成績を収めているフィンランドの教育事情を見ながら探ってみたい。


主体的に考えられない日本の学生

日本の教育はかつては、世界的に見てもトップクラスであったが、現在は、PISAテストの成績を見ても低下している。

PISA調査(Programme for International Student Assessment)とは、OECD(経済協力開発機構)が1988年よりはじめた事業でその特色として:

①知識や技能を実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかどうかを評価。学校カリキュラムには関わらない。

②図表・グラフ・地図などを含む文章(「非連続型テキスト」という)が重視され、出題の約4割を占める。

③「選択式」を中心にしながらも「自由記述形式」の出題が約4割を占める。

④記述式では、答えを出すための「方法や考え方を説明する」ことが求められる。

⑤読解力として、「情報の取り出し」・「解釈・理解」・「熟考・判断」、そして自分の「意見を表現する」ことが求められる。テキストの「内容」だけでなく「構成や形式」についても問われる。  

が挙げられる(PISA型学力についてのノート)。

これから分かることは、PISA調査では知識量よりも、主体的に考え、問題を解決する能力が求められていると言えるだろう。

ところが、日本は、記述式の問題の無答率が高く、成績がよくない(読解リテラシーの測定,現状と課題~各国の取り組みを通じて)。2009年の調査の場合、調査の中心だった読解力を構成する3要素でみると、文章や表から必要な情報を選び出す「情報へのアクセス・取り出し」は4位。しかし、文の関係や意味を理解する「統合・解釈」は7位、知識や経験と関連させて判断する「熟考・評価」は9位だった。(詳しい分析はPISA2009 年調査 国際結果の分析・資料集にある)。

この結果から見えることは、日本の子どもは、思考が受動的ではないか、ということである。つまり、情報を受け取るだけで、それを元に考え、自分の考えを論理的に組み立てられないことが見て取れる。

このことは、大学においても顕著になっている。実際、東大、京大といった一流大学に於いても、数学力、文章力が十分でない学生が多く、解答パターンを暗記して単位をやっととるような学生が殆どらしい。 東大で教えている友人の話によると、東大理科一類の学生で9割程度がそういう学生だという。 

ある程度の高度の論理能力が必要なε-δ論法を使う、微分積分の授業は、東大理科系でも半数程度しか受けない状態であることが、事態の深刻さを表している。

しかも、大学で教えていて感じることに、生徒の側が面白くないマニュアル的な授業を求めていることがある。 つまり、考えることは面倒だから、やり方だけ教えてほしいという学生が増えている。 日本の教育は詰め込み教育と、よく批判されるけれど、学生に考えさせる授業をすると、逆に不評を買い、受講生が激減する。通説と実態は違う。

また、ゼミで、「君の考えてきたことを話して」と言うと、勉強してきた知識を話すだけの学生が多い。成績が優秀な学生でも、大学院生になって、ゼミで、「これからは、君の研究してきたことを話して」と言うと、ゼミは途絶えがちになる。

つまり、研究のテーマを与え、やり方を教えないと、どうしたらよいのか分からず不安に駆られるのだ。

このように、日本の学生は、概して、知識を吸収するだけで、考えることが嫌いだと思われる。このように、日本の教育の問題点は、主体的に考える能力を学生が身に付けていないことにある。

フィンランドの教育の特徴

さて PISAにおける成績が、日本よりずっと良いフィンランドはどういう教育をしているのだろうか? PISA調査では、特に、情報を咀嚼し、それを使って考え、問題を解決し、それを表現するという「熟考・判断」という面で、日本を大きく引き離しているように見えるが、その秘密は何なのだろうか? 

フィンランドは、ノキアが有名な国だから教育のICT化が進んでいると考えたくなるが、実は、実際にはそれほどICT化されているわけではないようだ。

実際、「フィンランド異聞⑥意外とアナログな教育」を見ると、黒板と紙の教科書を使ったアナログ教育が行われている(2010年時点):

学校訪問したときにさぞやITを駆使した授業なり、教育なりが行われているだろうと予想して行ったが、予想が外れた。意外とアナログな教育が行われていたのである。

教室には、OHPとプロジェクターが各教室に常設されていた。多くの教師はこれを黒板代わりに使っていた。これはデジタルでもなんでもない。教科書や資料、メモ、つまり手許のペーパー上にある文字や絵をスクリーンに拡大して映して、子ども達に見せる機能の一昔前の視聴覚機器である。動きは一つもない静止画像を映すだけである。ある授業で自作のムービーを放映した英語の教師がいたが、DVDやビデオを映写するレコーダーも常設してあるようだ。コンピューターは20台ぐらい設置してある教室やラウンジ状のオープンな場所があって、主として、授業の途中で、子どもが新聞を作る、作文を書くなどの書き込みをさせるために教室から移動して使わせていた。つまりワープロ機能として子ども達に使わせていただけだ。それがインターネットにつながっていたかどうかは、インターネットを使う授業を参観できなかったので、不明である。

とある。

また、「フィンランド異聞④教科書が分厚い!詰め込み主義!?」を見ると、資料としても使える、殆ど活字からなる、リッチで分厚い紙の教科書を使い、子どもたちに考えさせる教育をしている:

フィンランドのありかたは、このどちらとも違う。「教科書“で”」支援するが、生徒に「考えさせる」際に、知の追求の手がかりとしてしっかり「教科書」を使わせる。しかし、教科書の叙述をまるごと理解させ、金科玉条として覚えさせるというような指導ではない。とても分厚い教科書で、それでは詰め込み教育でもしない限りとても終わらない。子どもは、教科書を使って自分の意見をまとめて発表したり、レポートを書いたりする。試験に備えてそこに書かれている知識・事柄を暗記するための教科書ではない。時には、教科書の叙述でさえ疑問をもって、自分の知の組み立てに使う。それが真の「教科書“で”」教えるやり方である。

こうした子どもたちに考えさせる教育をしているので、PISAの得点が高いのだろう。 

そして、子どもたちに考えさせる教育を実現できるのは、義務教育の一クラスのサイズが平均20名という少人数教育を実現しているからである。因みに、日本の義務教育の一クラスのサイズは39名と、フィンランドの凡そ2倍である。

フィンランドのPISA調査の点数が高いのは、このように、少人数教育を利用した、子どもたちに考えさせる教育を行っているからだろう(実際に、文科省がまとめた:「PISA2009 年調査 国際結果の分析・資料集」でもフィンランドと日本の教育を比較的詳細に比較し、このような結論に至っている)。

教育のICT化を叫ぶ前に、教員の数を増やし、少人数教育を実現し、分厚いリッチな教科書を使って、子どもたちに考えさせる教育を行うべきではないだろうか。

追伸 大西宏さんが、「電子教科書を巡る不毛な議論」で電子教科書の導入で、学力が向上したかのような、根拠のない議論を展開しておられましたが、根拠があるとは思えません。

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