FRB創設100周年、女性の議長誕生へ ─ イエレン氏に迫る(1) --- 安田 佐和子

2013年10月09日 23:21

オバマ米大統領、ついに米連邦準備制度理事会(FRB)議長の後任選びを終えました。ホワイトハウスにて米東部時間午後3時(日本時間10日、午前4時)、イエレンFRB副議長をバーナンキFRB議長の列席のもと指名記者会見を行う予定です。サマーズ元米財務長官が候補として辞退してまもなくの9月18日も報じられましたが、ようやくです。政府機関が閉鎖し債務上限引き上げのメドが立たず、ダウ平均が約1ヵ月ぶりに14800ドルを割り込んだ今、市場をサポートする材料が必要と判断したのか・・・少なくともアジア市場は反応薄ですけど。

イエレン氏の指名承認のためには、まず22人からなる上院銀行委員会という関門を乗り越えなければいけません。同委員会は民主党が多数派で共和党側よりも2人多く、問題ないでしょう。肝心の米上院では民主党が52議席と独立派2議席を確保し、共和党が46議席を有してますが、可決に必要な60票をクリアする期待が大きく予算協議のように暗礁に乗り上げるリスクは低そうです。

FOMCは2012年1月25日、声明文と同時に「長期の目標および政策戦略」を公表し、インフレ目標値「2%」を導入しました。バーナンキFRB議長が提唱し当時サンフランシスコ連銀総裁だったイエレン氏が支持して日の目をみた政策から約2年後、FRBが1913年12月23日に創設されてから約100年後、女性初の議長が誕生することとなります。

ジャネット・イエレンFRB副議長の横顔に迫ってみましょう。1946年8月13日、NY市ブルックリンで生まれた同氏(67歳)の経歴は、以下の通り。

1967年、ブラウン大学を卒業、経済学の学位を取得

1971年、イェール大学で経済学博士号を取得

1971~76年  ハーバード大学経済学部の助教授

1977~78年 FRBで国際金融・貿易・金融研究部門のエコノミスト

1978~80年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の講師

1980~82年 カリフォルニア大学バークレー校のハース・ビジネススクールの助教授

1982~85年 カリフォルニア大学バークレー校のハース・ビジネススクールの准教授

1985年 カリフォルニア大学バークレー校のハース・ビジネススクールの教授として勤務

1994~97年 FRB理事

1997~99年 ビル・クリントンの大統領経済諮問委員会の委員長となる。

1999年 全米経済研究所(NBER)の研究会員となる。

2001年 西部経済学会の副会長となる。

2001年 アメリカ芸術科学アカデミーのフェロー

2004~10年 サンフランシスコ連銀の総裁

2010~14年 FRB議長(2010年10月4日に着任 )

夫はご存知、2001年にスティグリッツ博士などとノーベル経済学賞を取得し、カリフォルニア大学バークレー校の名誉教授であるジョージ・アカロフ氏です。出会いは、1977年。イエレン氏がFRBで勤務していた折、アカロフ氏も1年間と期間限定でFRBに在籍していたんです。旦那様によると、お互いひと目惚れだったんですって。出会ってから1年もたたずに結婚をしたイエレン氏、物静かな表情の下に獅子座の女性らしい燃え盛る意思の炎を隠しもっている様子が伺えます。

結婚して約35年後も、固い絆で結ばれた2人。

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イエレン氏が78年からロンドンへ渡りLSEで職を得たのも、愛する夫アカロフ氏のため。80年にアメリカへ帰国しカリフォルニア州で勤務し始めた当時も、夫と足並みをそろえているんです。共著「Efficiency Wage Models of the Labor Market」もありますし、金融界で最も成功したおしどり夫婦と言えるでしょう。


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2013年10月9日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。

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