遺伝学的要因による人類滅亡は起こりえない --- 河原 心平

2013年10月14日 07:30

3ヶ月以上前に辻元氏が「感情を捨て、冷静な議論をしよう」というタイトルで過激な記事をアゴラに投稿し、物議をかもしました。問題の段落を要約すると、人類は自然淘汰の影響を受けなくなったため遺伝的劣化が進み、いずれ滅亡を引き起こすような大問題が起こりうると主張しているのです。


これは生命科学系の学科で真面目に生物学を勉強した者であればすぐわかる間違いであり、直ちにアゴラで反論記事が出るのではないかと密かに期待していました。しかし、そのような記事が出ることもなく当の本人はデジタル教科書を巡る不毛な論争に奔走し、あの問題記事さえ忘れ去られようとしています。

当人らが忘れた頃に、中途半端な生物知識を持った政治家や官僚が偶然あれを読み、真に受けて暴走するようなことは絶対にあってはなりません。本稿では人類の遺伝的劣化への過剰な煽り記事に対し、現代生物学の知見を以ってして反駁することにします。

r戦略とK戦略の混同

辻氏はr戦略とK戦略を混同しています。彼は昆虫の生態には詳しいようですが、それはそっくりそのままヒトに当てはまるものではありません。

昆虫は短い世代時間でたくさんの卵を産むことで、著しく低い生存率をカバーするというヒトとはかけ離れた生存戦略を持っています。このような戦略は生態学の用語ではr戦略といいます。一方、ヒトは世代時間が長いため昆虫のように生存率が低ければ困ります。そこでできるだけ死亡率を低くすることで種族を維持しようという戦略で進化してきました。このような戦略をK戦略といいます。

ヒトはK戦略を極めた生物種

ヒトの死亡率が低いのは進化の結果として単にK戦略を極めただけで、決して生物学的に異常なことではないのです。ヒトは昆虫と比較して生物としての複雑性が格段に高く、子育てに20年もの歳月を要するだけでなく老後も知恵を孫に伝承しなければなりません。一般的な哺乳類は閉経を迎えると医療の力を借りても長生きできないのに対し、ヒトがこれほどまでに長生きなのは淘汰の結果なのです。

遺伝的劣化は際限なく進まない

辻氏のもうひとつの誤謬は、遺伝的劣化が際限なく進むと述べていることです。遺伝子の欠損が生じた個体が発生する機会は二つあり、ひとつは正常な個体から欠損が新たに生じる場合、もうひとつは欠損個体が増殖する場合です。前者は遺伝子の欠損する確率が、後者は欠損した遺伝子型の適応度が律速になります。つまり遺伝的劣化が進行するにはppmレベルの確率で発生した欠損の遺伝子型が正常な遺伝子型と競争しながら増殖する必要があるのです。

遺伝子型の競争モデルには、ゲーム理論の一種であるタカハトゲームが適用できます。タカハトゲームを簡単に説明すると、適応度の異なる二種類のプレーヤーが集団に存在した時にどちらか一方で占められてしまうのではなく、それぞれの適応度に応じた比率で個体数が平衡に達するというものです。これがそのまま当てはまると仮定すれば、どこかで正常型と欠損型が平衡して存在することになり、そこで欠損型の増殖は止まるのです。

遺伝子は冗長化されている

タカハトゲームは非常に単純なモデルであり、実際の生物ではもっと複雑な挙動をすることに注意する必要があります。ヒトは同じ機能の遺伝子を複数持っているため一つが欠損しても他でカバーし、表現型に現れてこないことが多いのです。染色体を2セット持つこともそうですし、より重要な遺伝子では数十個もスペアを用意している場合があります。詳しい説明は割愛しますが、エピジェネティクスは木村資生やジャック・モノーの時代にはあまり重要視されていなかった冗長機構です。

r戦略とK戦略では冗長化レベルも違いますので、冗長性よりも繁殖力を重視した昆虫で遺伝的劣化が起こりやすいのは当然のことです。

自然淘汰から性淘汰へのシフト

そもそもヒトは本当に淘汰圧を克服し、いかなる形質を持って生まれても同じ世代時間で同じ数の子孫を同じコストで残せているでしょうか。もちろんそうなっていないのは誰の目にも明らかです。限られた環境収容力の下で少子化が起こり、未婚化や晩婚化という形で性淘汰が顕在化しています。いわば自然淘汰が性淘汰に取って代わっただけで、実質的な淘汰圧はさほど変化していないのです。

環境収容力が増大局面の時代に子をもうけた辻氏には、女性経験がないまま迎えた成人式で妻子持ちの同期に見下されたときの私の気持ちなど知る由もないのかもしれません。

感情をおざなりにしてはいけない

あの問題記事は、テーマとして感情を捨てることの重要性を訴えていますが、感情も進化が生み出したサバイバルツールであることを忘れてはなりません。人為淘汰の話に生理的不快感を催すこと自体、それが生物学的にも正しくないことを暗に裏付けていると言えます。

余談ですが辻氏が尋ねたときに「タブーだ」とお茶を濁しただけではっきり否定しなかった生物学者にも問題があります。

最善とは「成し遂げられる」もの

遺伝的劣化は平衡に達したところで止まると述べましたが、そのタイムスケールは文明の歴史を優に超えます。おそらくその遥か以前に成長の限界を迎えて人為淘汰をするまでもなく自然淘汰が優位になり、滅亡に遠く及ばず持続可能な人口に落ち着いたところで均衡します。辻氏の提言する策を講じたところで成長の限界による諸問題は不可避であり、不必要な犠牲を増やすだけです。

財政危機も気候変動も既に人類には手の打ちようがないレベルに達しており、もはやコストを掛けて下手に手を打とうとするよりも、流れに身を任せて神の見えざる手と進化の過程で培われたロバスト性に全てを委ねるしか道はないように思われます。いずれXデーはやってくるわけですから、せめて今だけでも楽しく過ごしたほうが得策です。

来たる混乱時には下手に手を打った者に全責任が押し付けられて処刑され、やがて落ち着いた時には「私が混乱を鎮めた」と宣う者が出てくることは容易に予想できます。混乱も沈静化も遺伝子の挙動も自然に起こる物理現象であり、それを人類が思い通りに操れると勘違いすることは驕りでしかありません。哲学的な表現になりますが、最善とは「成し遂げる」ものではなく受動的に「成し遂げられる」ものではないでしょうか。

河原 心平

豊充風船商店 代表

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