「日本型マニュアル思考」と労働の「質」について考える --- 玄間 千映子

2013年10月12日 09:05

先日、岐阜県可児市内の学校で給食のパンに識別できる状態でコバエが混入しているにもかかわらず、児童生徒にハエを取り除いて食べるよう指導したことが問題となりました。それに対する市側の対応は、市の給食センターでは「コバエの毒性」を判断基準としたマニュアルがあり、その運用に「配慮が足りなかった」ので、「マニュアルを見直す」という対策を取るというニュースがありました。


「混入」というより、練り込まれた感もあり、コバエの体液やら細胞もパンになってしまったのかと思うと、なんとも気持ちが悪い一件ですが、マニュアルで業務管理をしている限り、日本の多くの組織でも、マニュアル遵守に伴う問題への対応は似たり寄ったりの共通現象と思います。

原因は、マニュアルには記しきれない、マニュアルとマニュアルの間の溝に落ちてしまっている「守って欲しい情報」をどう文書にするのかということへの対策が見えないこと。

そこで、「マニュアルを見直す」ことに留まらず一歩踏み込んで、いっそのことその溝を埋め、「再発防止」を考えてみようと思いました。

「対処の範囲」を把握する
まず、問題解消への対策は、マニュアルを見直すところで止まるのか、それとももっと拡げて見直すことが必要なのかを、対処の範囲を整理することが必要です。

・マニュアルの修正だけで対応できるのは、そこに記している手順と理解に問題がある場合のみです。
・今回のように、「マニュアル以前の問題でしょ?」という「モラルや倫理、常識、慣習」に基づくことに応えることを要請されている場合の再発防止には、見直す文書の範囲をもっと拡げ、組織の経営理念、経営方針、経営計画から遡って見直すことが必須となるというのが基準の考え方です。

対処の仕方を考える
対処の仕方は、大きく3つあります。

1 手順の「順番修正」あるいは「方法変更」は、一番シンプルな手直しです。
まず「順番修正」です。作業の流れ自体に問題があるので、A→B→Cとなるべき所が、A→C→BとなっていたとしたらA→B→Cへ直すという対処が済めば、マニュアルの見直しは終われます。
「方法変更」は、A→B→Cであったものを、「A→い→う」というように直すという対処が済めば、マニュアルの見直しは終われます。

2 手順の「内容理解」に問題がある場合には、そのマニュアル用の「辞書」を作りましょう。
今回の場合であれば、問題の発生は異物混入の判断基準を「異物がもたらす毒性の有無」としたところにあり、ここに「毒性の有無」とは違う性質のもの、たとえば気持ちの悪さとか、次世代の人材である子供が身につけるべき衛生観念の育成等々が、マニュアルを活用する教育機関側の「異物」の理解に欠落していたわけです。ですから、それを補っておくことが必要です。

何を異物と扱うかの定義を見直す、ということですが、その際に必要なのは「社会の目」。今回の場合、これが欠落していたということになりそうですね。異物に「何」が該当すると、「社会は」考えているのか? パンのコゲは異物だろうか? 髪の毛は異物だろうか? などと考えてみると、一般的にその食品の材料から出たものでないものを日本の社会では「異物」と捉えていると思いますが、マニュアル管理の場合には、このように一つ一つの言葉に組織の目線を的確に反映し、定義していくことが欠かせません。

ちなみに、マニュアル遵守によって生じた問題への対策に、よくやってしまいがちなのは、「A→B→C」という原本の手順を「A→a’→a”→B→b’→b”→C→c’→c”」というように詳細に記述しなおすということ。作業の流れは変わらないのだけれど、Cとして生じた結果が期待通りでなかったので、それぞれの間の活動を詳細に埋めることで期待するCを得ようとするところからやりがちな方法です。マニュアルの内容理解を共有化しようという狙いは、上記2の「辞書を作る」のと同じ狙いと思いますが、これはよほど上手くやらないと簡単に膨大な量にふくれあがったマニュアルにしてしまいます。それは、(文書量が増えるので、“見直した”という達成感は伴うのですが)マニュアルそのものへの遵守の関心を希薄化させ、運用も実施管理も至難にさせ、その上、再発防止効果に繋がりにくいので、詳細に埋めていくというこの方法はあまりお勧めできません。

3 最後に問題の発生が「モラルや倫理、常識、慣習」から生じた場合です。
この場合は、根幹治療が必須です。根幹からの対策をとる対象は、組織の経営理念、経営方針、経営計画のそれぞれの内容です。この内容が効率一辺倒になっていないか見直しましょう。競争が加速すればするほど、必要となってくるのは量より「質」です。組織は量を求めるのなら、同時に組織にとっての「効率の姿」の実現を求めることが必須です。つまり、「社会の目」ですね。その欠落の結果は、70年代のアメリカ社会で実証済み。事業縮小、組織分割、悲惨な状況を組織にもたらします。組織が量だけを求めると、人は簡単に不良品を成果として生み出してしまうのです。

日本の組織は一般的に「お客様第一」を経営理念に掲げているので、ここはパスできるのですが、経営方針、経営計画の辺りのとなると怪しくなります。その怪しさが何に影響してくるかというと、経営資源の配分決定です。

このハエの混入例を取れば、衛生管理に伴う「人(人材教育)、もの、金、情報」への投資という、経営資源配分の決定に問題の根源があり、その根源が問題に関わった組織全てに生じており、それが一人ひとりの活動に反映したところから、問題は引き起こされたと考えるのが妥当だと考えます。

継続管理を考える
さて、ではマニュアルも整え、経営資源をしっかり投資して、再発防止に取り組んだとします。
次に必要なのは、それがきちんと一人ひとりの活動に反映されているかの確認です。折角、見直した経営理念、経営方針、経営計画も、人の心が入っていなければ「仏作って魂入れず」と同じこと。タダの紙切れにしかすぎません。

「人の心」が日頃の働きに付いてきているかどうか? そのチェックが非常に大事です。そういう状態に効果てきめんなのが「勤務評価」なわけですが、再発防止を真剣に考えるならここまで落とし込んだ管理が必須です。なぜなら、勤務評価によって、組織(経営者)の持っている「モラルや倫理、常識、慣習」という目線とのズレが明瞭になり、そこへ社員教育の投資を掛けていくことができるからです。

組織の期待する活動、特に「モラルや倫理、常識、慣習」が理解できないことで生じた問題の多くは、いわゆる「3つ子の魂」となった一人ひとりの価値観の違いと強く結びついており、おいそれと簡単には修正がききません。その上、本人にとっては、自分のものとは違う組織(経営者)目線の「モラルや倫理、常識、慣習」に従うことは、窮屈に映ります(いわゆる、「手抜き」や「問題軽視の姿勢」はこういう状況から生じてきます)。今回のハエ混入の問題でも、続けて今度は蜘蛛の混入が生じています。
(画像付き:「麦ご飯にクモ」「すまし汁に青虫」http://www.asahi.com/edu/articles/NGY201310010014.html)

このように、ハエが問題なら、ハエへの対策、蜘蛛が問題なら蜘蛛への対策なんて事をしていたら、まるでモグラたたきのような管理になってしまいます。給食センターでは、まだ原因は究明できていないということですが、原因が分からないということは再発は非常に高い確率で生じるということと同義でもあり、また昆虫類への対策が終わったとしても、次には調理後の配膳時では目視できない食品の鮮度管理や食中毒対策から問題が生じるのではないかと、思わず懸念されてしまいます。

こうした衛生観念の欠落による問題発生を防ぐため、マニュアルを修正するなら組織の目線をしっかり定義した「辞書」をもたせたマニュアルに変え、経営理念や経営方針、経営計画なども見直した上で、組織の目線を継続的に実行してもらうために「勤務評価」に繋げておくことが必要となるのです。

ついつい組織の目線から逸脱したくなるところを勤務評価によって防ぎ、それへの対策を自己で練られるよう社員教育を付す。そのことで、組織目線に従うことによる窮屈感を乗り越え、「逸脱」という現象の発生を防ぎ、早く組織の一員となるよう社員を育成するということです。組織目線に従うことの窮屈感は、本人に乗り越えるに必要な「知識やスキル」が整っていないところから生まれてくる、その窮屈感を乗り越え易くするには“よい評価”を得られる機会を「勤務評価」の機会として用意するという発想です。
あくまでも、「人」を責めるのではなくて、問題原因の発生源を「知識やスキルの不足」とし、そこまで原因を探ることが再発防止には肝要です。

社員教育の投資“効率”は、勤務評価の結果からの問題抽出で、社員教育の投資“効果”は勤務評価の結果に反映されるというサイクルは、こうして生まれてくるのです。

日本の抱える課題
ところが、残念ながら年功序列で雇用管理を実施してきたこの日本では、働きの代価として支払う賃金に、組織がどういう働き働く側に求めるかを具体的に認識できる形で、雇用関係に具体的に明瞭にしている組織は殆どありません(下記※参考、参照)。それゆえ、勤務評価の項目で日頃の働きに伴う「質」の管理に具体的課題抽出に及べず、再発防止に至れないのです。

マニュアル全盛のアメリカでは、「組織がどういう働き働く側に求めるかを具体的に認識できる文書」を、雇用や異動の際に応募者(該当者)に提示することになっており、その文書をマニュアルとマニュアルに生じる溝、個々の責任と責任の間に生じる溝にあてることで、一つのマニュアルでは記しきれなかった組織が守って欲しい事への対応を、社員に促すという体制になっています。

その雇用(異動)の際に提示する文書を、米国ではジョブ・ディスクリプションといい、別の国ではジョブ・アサインメントなどとも呼ばれますが、肝心なのはこの文書の内容で何を管理対象におくかによって文面の様子はガラッと変わってきます。「行動」なのか、「気づき力の状態」なのか。人の活動の「何」を管理対象に据えることが適切なのかは、その職種によって違ってきます。それによって整え方には職種によって、様々な形があります。

判断のミスから生じる誤行為の再発防止には、行為ではなく、判断ミスを起こさせないための管理が必須です。それには「行動」の管理から一歩踏み込み、働きに必要な「気づき力の状態」を安定的に管理するための文書を用意し、それを雇用関係に置くことです。

衛生管理は、単に児童の健康維持に留まるものではありません。その提供された環境は児童にとって、衛生観念の育成の機会であり、それは生命維持に直結する価値観の構成要因でもあります。生命維持に直結するがゆえ、その状態のいかんは、その「人材」の中で培われていく潔癖性へと反映されてくるものです。

この潔癖性の状態と、働きの「質」の良し悪しとは、あながち無縁でもありません。組織が求める、「よい働きの質」を生み出す人材に育成することも、衛生観念は影響しているということを教育機関並びに、関連する組織は念頭に置いていただき、是非とも日本の次世代を担う質の高い人材を育成しているのだという気概で、問題の再発防止に取り組んでいただきたいものだと思います。

参考:「労働基準法」の隙間に生まれる、「ブラック企業」

玄間 千映子
(株)アルティスタ人材開発研究所 代表

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