ノーベル平和賞の選出基準は何? --- 長谷川 良

アゴラ

人間は夢を見、常に何かを期待する存在だが、ノルウェーのノーベル委員会も最近は選出の際、候補者の実績を評価するというより、候補者(機関)の中で誰が近い将来、実績が期待できるか、という点に選出の重点をシフトしてきたのではないか、という印象を強く受ける。すなわち、オスロのノーベル委員会も夢を見、その選出基準を未来に置いてきたのではないか。
0d6990f4-s
▲OPCWのロゴ


同委員会のシフトが明確となったのはオバマ大統領の平和賞受賞(2009年)の時だった。米国初の黒人大統領が誕生したのだから、その衝撃は米国内だけに留まらず、世界的出来事だったことはいうまでもない。ただし、ノーベル平和賞を受賞できる実績は当時、まだ見られなかった。しかし、ノーベル平和賞委員会はオバマ氏に世界の平和実現を期待し、あっさりと平和賞を与えた。過去の実績がない段階で未来への期待から平和賞が与えられわけだ。

オランダのハーグに本部を置く化学兵器禁止機関(OPCW)が今年のノーベル平和賞を獲得したというニュースに接して上記のような思いを一層強めた次第だ。シリアの化学兵器の破棄作業は、シリアばかりか中東の将来を左右する重要テーマということは言うまでもない。

ハーグから査察団の一陣がダマスコスに到着し、今月6日から化学兵器関連の機材などの破壊作業を開始したばかりだ。シリアは来年前半までに全国約50カ所にある化学兵器を全廃することになっている。

厳密にいえば、OPCWの化学兵器査察団はこれから本格的な作業に取り組むところだ。そこにオスロから「ノーベル平和賞受賞」というビック・ニュースが飛んできたわけだから、査察員たちも驚いたかもしれない。「われわれの任務が世界の平和実現に重要ということが、ノーベル平和賞受賞で証明された」と喜ぶ査察員もいるだろうが、「何もまだしていない段階で、ノーベル平和賞というのでは……」と戸惑いを隠し切れない査察員がいても不思議ではない。

もちろん、OPCWは1997年から今日まで約5万8000トンの化学兵器を破棄している。アルバニア、韓国、イラク、インドなど世界各地で化学兵器の破棄という地道な作業を行ってきた。この功績が評価されたと受け取るべきかもしれないが、シリアで進行中の化学兵器破棄作業が平和賞選出で大きなインパクトを与えたことは否定できないだろう。

ノーベル平和賞受賞発表で「当然だ。彼(彼女)の貢献は平和賞に値する」と皆が納得するケースは年々少なくってきた。昨年の欧州連合(EU)の受賞、2005年の国際原子力機関(IAEA)の受賞の場合も、功績や実績というより、「ノーベル平和賞を与えるから“これから”がんばって」と背中を叩くような選出だった。

知人のドイツ人化学者は「査察団はシリアでは1000トン余りの化学兵器を破棄するのだろう。ドイツ人の化学者たちはその数倍の化学兵器の破棄を過去、行ってきたよ。冷戦時代、旧ソ連はワルシャワ条約機構軍所属の化学兵器を旧東独に保管していた。東西ドイツが再統一された時、旧西独の化学者たちが動員され、大量の化学兵器を破棄した。もちろん、秘密理に行われたから、旧東独の化学兵器の破棄作業はノーベル平和賞の対象にもならなかったよ」と苦笑し、「いずれにしても、ノーベル平和賞には昔のような価値も重みもなくなってきたね」と嘆いてみせた。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年10月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。