技術の進歩の一面にある「危うさ」とは --- 岡本 裕明

2013年10月13日 18:38

パソコンやタブレット、スマホにダウンロードしたソフトからそのアップデートのお知らせが頻繁に届きます。私などは忙しさにかまけて気が向いたときにようやくする程度でしょうか? 仕事柄、毎日パソコンと向き合っているのにも拘らずわずか数分で終わる更新を放置しているのは私だけではないでしょう。毎日何時間も使っているからこそ、いつもと違う作業をするのがやけに面倒くさくなることは大いにあるかと思います。


面倒な作業の一つにiPhoneで好きな曲を入れるにはノートパソコンなどでiTuneを一度経由させなくてはいけません。携帯をアップル以外に替えた時はまた曲を入れなおす作業をしなければならないのでしょうか?またダウンロードの仕方もその際、一からチェックしなおしになりそうです。

使いこなせている人にとってはITのガジェットは大変便利な文明の利器であります。それならば、私も使いこなせるように努めればよいのです。ところが、そこに至るには人に聞いたりインターネットで調べながら試行錯誤を繰り返し、自分のケースに該当する事例を探さなければなりません。そして、次々と出てくる専門用語を理解していなければ何をどうしていいのやら全く分からない状況にすら陥いるのです。

人間の能力の進化はその長い歴史を考えれば目に見えるほどのスピードではありません。それに対しコンピューターに代表される一連のIT機器は日々進化を遂げています。囲碁のコンピューター対人間の対戦ではプロもほぼ太刀打ちできなくなってきたほど強くなったようです。プロの棋士に言わせればコンピューターは勝っても「盤面が美しくない」そうですが、そのコメントも若干言い訳に聞こえないわけでもありません。

車の世界では日産自動車が自動運転の実用化を2020年に向けて進めると発表しています。既に現時点で障害物を認識して自動でブレーキがかかるような車もありますが、人間の注意散漫さを除去し、運動能力、集中力において機械がヒトを凌駕しつつあるといっても過言ではないでしょう。ロボットが人間のお世話をし、もしくは支配するような日はすぐそこに来ていると考えても良いと思います。

以前、興味深い映像を見た記憶があります。それは、地球に隕石か何かが衝突して激しいダメージを受け人類が滅びるのです。その後、地球外から生命体が地球に降り立った時、判読可能なものは石に書かれた文字、あとは燃えていなかった紙だけでそれ以外のものは解明できなかったという内容でした。

これは今の生活に当てはめて考えることもできます。もし、MDプレーヤーが壊れて修理不能となり製造もされていなければそのMDに入ってる曲を聴くことはもはやできません。CD-ROMにしても一部が曲がってしまうと、DVDドライブには入りません。

様々な機械のおかげで便利になった一方、それらが何等かの要因で壊れてしまったときに我々人間はなす術がないことに気がつくでしょう。電子機器を上手く使えている間はよいのですが、それに振り回されないようにすることも大事かもしれません。そういう意味ではITガジェットから意図的に離れる癖をつけることも案外重要になってくるかと思います。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年10月13日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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