19世紀の英国芸術は現実逃避か

2013年10月16日 14:11

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はたして、文化や文明は連続的に伝えられ、発達するんでしょうか。ナニもないところから突然、素晴らしい文化文明が出現する、ということは希でしょう。美術も同じでしょうか。ベネチア派やマニエリスムなどのルネサンスがあり、その反動としてバロックやロココが生まれ、さらに古典主義やロマン派が出てくる、といった美術史の流れに不連続性は感じられません。弁証法的な止揚克服の発展段階を忠実に踏んでいるようです。


こうした西洋美術の連続性の中で、大陸と地理的に切り離された英国は不遇だった、と言わざるを得ません。もともと貧しい国だったので、ルネサンス文化が爛熟することはなかった。私掠船や植民地支配で産業革命の原資を蓄える間も、とりわけ美術の分野で固有芸術を醸成する余裕はありません。大英博物館の展示物を眺めても、そのほとんどは盗品です。囲い込みで農民が都市へ掻き集められ、既存貴族階級が没落し、ブルジョワジーが勃興しても美術はよそからの借り物でした。農民芸術が出てくるワケでもなかったし、パトロンが画家を抱え込んで教会美術の傑作を描かせるということもなかった。斜陽貴族や資本家たちは、降霊術に耽溺していただけです。

そんな英国美術界も、19世紀も半ばに入るころには少しずつ変わってきます。ロイヤルアカデミーという「権威」に対するアンチテーゼとして、明確な表現集団とは言えないまでも「ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood)」と呼ばれる画家たちが出てくる。この「Brotherhood」という言葉は「派」というより「協会」とか「友愛団体」とでもいうような意味です。彼らのイメージの中には、18世紀オランダで活動したギルド的な「聖ルカ組合」や19世紀初めのドイツロマン派画家たちによる「ナザレ派」があったのでは、と考えられています。

彼らの活動には「ラファエル(ラファエロ)」の前、という名称のとおり、ルネサンス期イタリアの巨匠ラファエロ・サンティ以前へ戻ろう、という復古主義的な意図が含まれています。後期ルネサンスのマニエリスムが、マンネリズムの語源となり、ラファエロ以降はすべてマンネリ化した模倣、という蔑称に使われるように、14世紀、15世紀の絵画芸術に対する憧憬は、英国に限らず近代に入ってからの西洋の画家たちに共通してありました。

英国ラファエル前派の特徴は、強調された線描写、そして旧来の明暗法から解放された明るい色彩です。これについては、日本の浮世絵などはもちろん、フレスコ画の技法から強い影響を受けているから、と考えられています。とりわけ、背景と人物を別々に描く「分離と合成」という手法では、フレスコ画の技法を無視できません。ラファエル以前へという傾向とフレスコ画からの技法的影響から、彼らの絵の主題の多くは、キリスト教や文学、歴史上の逸話や出来事をもとにしています。

同時期のフランス絵画が、すでにこうしたテーマ性から解放されていたのにも関わらず、ラファエル前派は古くさい主題から離れることはほとんどできませんでした。彼らに明確な「運動概念」や「理念」はありません。もしあったとすれば、それはロイヤルアカデミーという旧弊な画壇文化や画法に対する敵愾心、そして「子どものような素のままの心で絵を描く」自然主義的な考えだったのではないでしょうか。そうした「自然さ」こそ、ラファエル以前にあった、という主張です。

英国ラファエル前派の活動は、前期と後期に分かれるものの、19世紀の半ばのごく短期間で終わりました。その後、彼らの活動は19世紀後半の象徴主義へと受け継がれていきます。この象徴主義の流れの中に、唯美主義(耽美主義、審美主義)があり、世紀末的デカダンスへ向かっていきます。しかし、この唯美主義、どちらかといえば文学の分野で花を咲かせました。オーブリー・ビアズリーが描いた有名な『サロメ』の絵もオスカー・ワイルドの戯曲の挿画です。ただ、英国におけるラファエル前派と唯美主義は、その境界があいまいで画家たちも共通して出現します。そこに画期的な芸術の止揚克服はうかがいしれないものの、興味深い連続性を見い出す人もいるかもしれません。

ただ、英国における絵画芸術の系譜をたどると、ラファエル前派がロイヤルアカデミーへのアンチテーゼとして出現したとはいえ、その「権威」への反発というだけで、テーマや技法、主義主張を克服する、といったものにはならないでしょう。ロイヤルアカデミーに確固たる主義主張があったわけでもなく、それ以前の英国に乗り越えるべき絵画芸術の勃興があったわけでもない。社会の矛盾が激しく噴出し始めた19世紀半ばの英国に、ブルジョワジーの「現実逃避」として出てきた時代の「徒花」のごとき流派、それがラファエル前派だった、と考えることもできるでしょう。

これら、ラファエル前派と英国唯美主義を紹介する美術展が、来年2014年1月にそれぞれ都内二カ所で二つ開催されます。「テート美術館の至宝『ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢』」と「『ザ・ビューティフル 英国唯美主義 1860-1900』」がそれ。関連性の高い二つの美術展であり、ともに朝日新聞社が主催に加わっているということで、それぞれの会場に一名(一般)が入場できる先行前売り券を発売するそうです。

先日、東京・丸の内「三菱村」にある「MARUNOUCHI CAFE 倶楽部21号館」で、このチケットの発売記念イベントが開かれ、朝日新聞社文化事業部の帯金章郎さん、美術ジャーナリストの藤原えりみさんが、それぞれの展覧会の魅力や時代背景などについて語ってくれました。表題ブログでは、その様子を詳しく紹介してくれています。

どうも愛着のあるジャンルの絵画派なので、辛辣な書き方になってしまったかもしれません。ただ、19世紀の英国絵画芸術、とりわけラファエル前派から唯美主義の絵画や工芸品がこれほど一堂に会した展覧会は本邦初、と言っていいと思います。ラファエル前派の作品群は、そのドラマ性や垣間見える背景が見る者の心をザワつかせます。興味のある人は改めてより一層、ない人もその新鮮な魅力に惹きつけられる内容の企画展。ぜひ、両方の展覧会を楽しんでみてください。

※以下、概要

「テート美術館の至宝 ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢」
2014年1月25日(土)~4月6日(日)
森アーツセンターギャラリー(東京・六本木ヒルズ森タワー52F)
主催:テート美術館、朝日新聞社、森アーツセンター

「ザ・ビューティフル ─ 英国の唯美主義 1860‐1900」
2014年1月30日(木)~5月6日(火・祝)
三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
主催:三菱一号館美術館、朝日新聞社、テレビ朝日、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

この世はレースのようにやわらかい
世紀末英国美術の魅力


Africa Politics: A Diverse Threat
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アゴラ編集部:石田 雅彦


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