米国は盗聴工作を止めない --- 長谷川 良

2013年10月26日 08:22

欧州連合(EU)の盟主、ドイツのメルケル首相がカンカンに怒っているという。連立政権交渉で野党第1党の社会民主党が不当な要求を主張しているからではない。オバマ米政権がドイツでも盗聴工作を展開させていたことが判明したばかりか、自身が愛用している携帯電話も傍受されていたことが判明したからだ。「同盟国の政治家の対話を盗聴していたということは許されない」と激怒し、10月23日、オバマ大統領に電話で「重大な背任行為だ」と異例の強い抗議をしたというのだ。


米国の盗聴はメルケル首相が最初の犠牲者ではない。フランスのルモンド紙によると、米国は昨年末から今年初めにかけて同国企業や個人の電話7000万件以上を傍受していたという。オランド仏大統領はオバマ米大統領に電話で抗議し、事実関係の説明を求めたばかりだ。英紙ガーディアン電子版によると、世界の35カ国の指導者が盗聴されていたというのだ。

どの国が米国の盗聴や傍受の犠牲となったかを列挙しても意味がない。米国は世界の全ての指導者を盗聴していたと考えるほうが事実に近いのではないか。ひょっとしたら、米国家安全保障局(NSA)はオバマ大統領の家族も盗聴していたかもしれない。NSAの盗聴システムは既に政府のコントロールを離れ、自動操業しているかもしれないからだ。

明確なことは、EUの政治家や世界の指導者が激怒し、抗議を表明したとしても、米国はその情報戦略を停止することはない、ということだ。なぜならば、米国は、世界の要人が発信するメール、携帯電話を盗聴できる技術的、財政的能力を保有している唯一の国だからだ。どの国が自国のメリットを駆使しないことがあるか。残念ながら、世界の政治舞台では倫理は通用しない。国益が最優先だ。相手国と商談したり、政治交渉する場合、情報がその勝敗を左右する。情報戦争と言われて久しい。そして米国がどの国よりも多くの情報を入手し、それを交渉の武器として使用できるのだ。米国が利己的な国というのではない。その情報力が桁違いに発展しているだけだ。

ちなみに、オバマ大統領は8月、米中央情報局(CIA)元技術助手のエドワード・スノーデン氏の問題に初めて言及し、「彼は愛国者ではない」と一部メディアの英雄扱いに釘を刺す一方、「国家の安全とテロ対策に取り組むNSAの情報活動は愛国的だ」と評価している。

メルケル首相の怒りを受けたオバマ大統領は盗聴を否定し、調査を約束したが、あくまでも外交上の対応だろう。一方、メルケル首相も米国の盗聴が即停止されるとは考えていないだろう。だから、盗聴防止対策を取るだけだ。

東西両ドイツの再統一の貢献者、ヘルムート・コール氏は首相時代(在位1982年~98年)、重要な電話を掛ける時、近くの電話ボックスを探し、そこから電話したという。コール氏は「旧東独共産政権が盗聴していることを知っていたからだ」という。コール元首相の愛弟子、メルケル首相が米国の盗聴工作に慌てふためいている、と考えるのは間違いだろう。

実際、独シュピーゲル誌が23日に報道する前からメルケル首相は米国の盗聴を知っていた気配があるのだ。社会民主党のガブリエル党首によると、社民党との連立交渉の席でメルケル首相は極めて口数が少なく、異常なほど慎重だったと証言している。シュピーゲル誌が報道しなければ、メルケル首相は盗聴問題を米国との内々の交渉で決着させていたかもしれない。なぜならば、情報国・米国が欧州の指導者を盗聴しないと考えるほうが可笑しいからだ。

冷戦時代とは異なり、情報戦争時代では敵国、同盟国の区別は極めて希薄となってきた一方、盗聴を含む情報技術は急速に発展してきた。情報戦争では情報収集技術の有無が決定的だ。情報収集能力のある米国に誰がその活動を停止させることができるだろうか。

米国のCIA工作員がニューヨークの国連で傍受していた時、偶然、「中国の工作員も同じように傍受していることが判明した」という。笑い話ではない。世界は目下、情報戦争下にあるのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年10月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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