「地獄の軍団」KISS日本武道館公演で考えた高齢化社会と消費

常見 陽平

KISSの来日公演に行ってきた。結成40周年を迎えた「地獄の軍団」が7年ぶりに日本に帰ってきた。幕張メッセ・大阪城ホール・日本武道館(2日間)の計4公演はすべて満員だったという。私は最終日の日本武道館公演に行くことができた。そこには、世界トップレベルのロックンロール・サーカスと同時に「楽しい高齢化社会」の姿があったのだ。この模様をお伝えしつつ、高齢者の消費について考えてみよう。


WOWOWでの生中継もあるからか、ライブはほぼ定時に始まった。会場にはロックレジェンドたちの曲が流れていた。レッド・ツェッペリンの代表曲”Rock And Roll”が大音量で流れ、観客にそろそろ開始だということを予告する。観客たちは立ち上がり、手拍子で応える。

そして、場内が暗転し、メンバーが会場に現れることを予感させる映像が流れた後、”All Right BUDOKAN!You Wanted The Best!? You Got The Best! The Hottest Band In The World, KISS!!”というお馴染みのオープニングアナウンスが響く。暗幕がおり、蜘蛛の形をしたセットからメンバーが登場した。少しずつ、ゆっくりと空中から降りてくる。

Monster
Kiss
Ume
2012-10-04



その後のライブは、まさに、ロックンロール・サーカス、ロックンロール・パーティーだった。最新作『MONSTOR』の発売と、結成40周年に合わせたツアーだったが、新旧織り交ぜたグレイテストヒッツ的なセットリストだった。本編は”Black Diamond”で終了したが、アンコールでの畳み掛けるような”Detroit Rock City”、”I Was Made For Lovin’ You”、”Rock and Roll All Nite”で会場に集まった「キッスアーミー」が熱狂したのは言うまでもない。

空中に浮くステージ、惜しみなく炸裂する火柱や花火、ベースのジーン・シモンズによる火や血を吐くパフォーマンス、ターザンのようにロープで場内真ん中の特設ステージに飛び乗るボーカル兼ギターのポース・スタンレー、すっかりメンバーとして定着しているギターのトミー・セイヤーとドラムのエリック・シンガー、「アナタハサイコー」を始めとする日本語でのMC、最後の紙吹雪と、ギターを破壊するパフォーマンス。すべてが完璧なロックショーだった。

ここまでは、いかにもテンプレ化したこのバンドのライブレポートだ。いや、本当に良い意味でワンパターンで、こんな感じなのだ。海外での公演の映像も見たが、動きまで一緒だった。そこがいい。KISSとはそういうものなのだ。

しかし、この手のレジェンドバンドのライブレポートで「新旧のファンが熱狂した」とか「老若男女から愛されるバンド」なるやはりテンプレ化した文があるわけだが、私はこれに強く異論を唱えたい。というのも、この日、日本武道館に集まったのは、若くても私と同じアラフォーくらいだ。もちろん、若い人もいたが、ごく少数派だ。それよりも、圧倒的に目立ったのは、明らかに50代、60代の方々だ。言ってみれば当然で、KISSの初来日公演は1977年だ。この来日公演はNHK「ヤング・ミュージック・ショウ」で放送されたので、全国の若者に衝撃を与えたと言われている。この映像は2004年に「NHKアーカイブス」でも紹介されたので、覚えている人もいることだろう。加賀美幸子アナが淡々と「彼らは地獄の軍団と呼ばれ」などと紹介していたのが印象的だ。大槻ケンヂ、ROLLYもゲスト出演し、当時の興奮を語っていた。大槻ケンヂは「天変地異が起きたようだった」ROLLYは「学校で、みんなが教室でホウキを持って真似していた」と語っている。

このように70年代のロックを聴いていた層が中高年になっているわけである。会場では、最近の少し大規模なロックやスポーツのイベントがそうであるように、観客の様子を映して画面に流すのだが、映る観客がいちいち中高年だったのだ。白髪の方、禿げた男性、近所のおばさん風の人がKISSのTシャツを着て拳を振り上げる様子は圧巻だった。ペイントをしている高齢者もいた。60代になったメンバーが空を飛び、火や血を吐くのも圧巻だが、それを観ているのも同世代だ。実に楽しそうで微笑ましい光景だった。

やや真面目な話をすると、昔も今も日本は外タレにとって便利な市場だった。特にハードロック、ヘヴィメタルは『BURRN!』という大御所雑誌が強い影響力を持っており、出版不況と言われる中、しぶとく残っている。まだ、お金を持っている中高年がライブに通っているということだろう。元気な中高年を狙った来日公演は今後も企画されるはずだ。KISSも「来年またくる」とステージで宣言していた。ロックのライブとは、若者のエネルギーが爆発する場ではなく、中高年の娯楽、若さを確かめ合う場になっていく場、そして彼らに消費してもらう場になっていくだろう。いや、すでになっている。いや、若者向けのライブも並行して残るのだけど。

前出の番組で、大槻ケンヂは「KISSは伝統芸能として、メンバーが交代しても続けるべき」と言っていた。たしかにそうなりそうだ。

今後も中高年の財布を狙って、洋楽の大御所の来日は続くのだろう。10年後、70代になったジーン・シモンズは、また武道館で火や血を吐いているのだろうか。メンバーも観客もそろそろ血を吐きそうな年齢になっているのにも関わらずだ。

試みの水平線