みのもんた騒動は日本人の「マインド鎖国」の象徴 --- 岡本 裕明

2013年10月29日 12:53

みのもんた氏がTBSのレギュラーから降板することを発表しました。これについては私もこのブログで数週間前にその方が氏の身のため、という趣旨のことを書かせていただきました。氏のインタビューで降板理由が私が記載していた内容とかなりかぶっている点は行き着くところは案外そこしかないということだったのかもしれません。


ただ、頂けないのはその後に続く週刊誌のみの氏に対する叩き方でしょうか? あれはやりすぎです。明らかに度を越しています。みの氏は息子の窃盗未遂でどれだけの社会的地位や潜在的収入を失ったでしょうか? まさにTBSの天皇から地に堕ちてしまったのです。それなのに、なぜそこまで週刊誌は書き、そしてそれが売れ、更に新しいネタを探すのでしょうか? 日本人の一番見たくないところであります。

ありふれた表現をすれば「出る杭はうたれる」ということでしょう。

日本では昔から秀でた人を奉る一方であるつまずきをすると徹底的に打ちのめし、再起不能にする怖さがあります。中国や韓国でも同じようなことがしばしば起きていますが日中韓、まったく変わらないということです。

なぜでしょうか?

これもよく言われている理由ですがムラ社会であり、共同体であるが故なのだろうと思います。つまり、10人いれば10人が同じ釜の飯を食うスタイルが日本が昔から持ち続けてきた流れであり、アメリカのようなサクセスストーリーは羨ましいと思う反面、憎いと思う気持ちも同じだけ膨れ上がっているのです。ですから、英雄気取りの彼やヒロインぽい彼女を素直に認めるかといえばそんなことはないのです。

例えばクラス会。学校を卒業して何年、何十年と経てば経つほど出席する人、来ない人は明確に分かれます。それはクラスという同じ釜の飯からそれぞれが個人の才能と運と努力で別々の道を歩んだ結果の差が明白に出てしまうからであります。しかし、社会的、或いは金銭的成功者が偉いのかといえばそんなことは全くの間違いであります。人の良さを素直に喜んで褒め称えるのが欧米人であり、私はそこでずいぶん学ばせて頂きました。ですからみの氏のことをぼろ糞に書く週刊誌には正直、鳥肌が立ってくるのです。

かつてホリエモンがたたかれました。村上ファンドの村上氏もそうでしょう。両者とも学ぶべきところもあったからこそ著名にもなったのではないでしょうか?

日本はそういう意味で変わらないな、と感じています。

ではもう一歩踏み込んでみましょう。共同体社会がベースの日本において欧米に留学してMBAをとる意味が果たしてあるのだろうか、という問いも浮かんできます。日本人はアメリカに留学しなくなったといわれていますが、留学する目的がMBAなりの卒業の資格を取るだけだとしたらそれはほとんど意味がない留学なのではないでしょうか? 留学期間中に欧米流の発想を学び、日本を国際化する一翼を担うことが本来あるべきでした。明治の始めに多くの日本人が欧米に勉学に行きましたがそこで日本が如何に遅れている国か改めて認識させられたということが多くの留学手記などで書かれていました。その結果、日本は急速な発展を遂げ、欧米列強の一角にまで成長したのです。

今の日本を見ていると再び「マインド鎖国」しているような状態にある気がしてなりません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年10月29日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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