土下座強要と犬への「待て!」は同じだ --- 渡辺 龍太

2013年10月30日 12:11

最近、ファッションセンターしまむらの店員にクレームをつけて、土下座を強要して逮捕された女性がいた。他にも、教師に土下座させて逮捕された保護者がいたり、電力会社の集金に腹を立てて土下座させて逮捕された人がいた。ドラマの半沢直樹の影響なのか分からないが、こんな馬鹿馬鹿しい理由で逮捕される大人が続出する事には閉口してしまう。そもそも土下座をさせる事に何か意味があるのだろうか。土下座とは所詮、体をどういう態勢にするかというだけの事だ。なので、起きている問題の解決というのには、全く繋がらない。それなのに、日本のクレーマーは、一体どこに価値を見出してしまうのか。


恐らく、誰かに土下座をさせる感覚というのは、例えるなら、飼い主が犬に餌をやる時に「待て!」と言うのと同じなのだと思う。つまり、クレーマーは土下座をさせる事によって、相手と自分の上下関係をはっきりさせてやろうという思いがあるに違いない。日本での商売は、売り手と買い手は対等な関係ではない。お客様は神様という言葉がある様に、客の方が立場が上なのだ。悪質クレーマーは、自分が上だと思い知らせたくて仕方がないのだ。その証拠に、土下座を強要するクレーマーからは、金銭的な問題の指摘よりも、相手の態度や礼儀に関する文句がよく聞こえてくる。

では、そもそも、どうして日本での商売は、売り手と買い手が対等な関係になれないのだろうか。江戸時代の士農工商では、町人という物を販売する側の身分が一番低かった。なので、そういった歴史的な背景もあるのかもしれない。

しかし、現在の日本において、売り手と買い手が対等になれない一番大きな理由は別にあると思う。それは、諸外国の消費者に比べて、日本には一般消費者が店と価格交渉を行うシステムが殆ど存在しないという事だ。

例えば、日本にはチップ制度は無く、店で値切るなどの価格交渉を行う習慣はゼロとは言わないものの、殆どない。一方、海外では飲食店でサービスが悪ければ、チップを減らす事が出来る。他にも、流石に自動販売機相手には無理だが、殆どの店で価格交渉の余地がある。例えば、まとめて買うから割引して欲しいというのは、基本中の基本だったりする。だが、日本の消費者は、基本的に店の言い値でしか物を買えない。

日本だけに限らず商売の世界では、売る側の言い値での取引というのは、2種類の意味を持つ。一つは商品がそこでしか買えないものだから、相手の言い値で買うしかない場合だ。例えば、電気料金が値上げされても、消費者は文句を言ってもどうしようもない。もう一つは、客が店の言い値で買ってやるという感じの、少し店が客に借りを作るような意味合いを持つ場合だ。

なので、こういった取引を行った場合は、客は当たり前のように売り手に対して最大限のサービスを求める。私はライターやメディアへの出演だけの収入では将来に不安があるので、輸入ビジネスをやっていた事がある。ほとんど無いが、相手の言い値で買うのなら、送金方法でこちらのかなり有利な方法にしてもらったり、値段という部分以外での譲歩は相当行ってもらう。日本の一般消費者相手の商売の、ほぼ全てが後者の様な取引になってしまっているように見える。日本の売り手は値段という砦を死守する代わりに、それ以外の事では全て消費者の言いなりという状態なのだ。

そもそも、日本人の人間関係というのは、欧米に比べて上下関係になりやすい。(世界で勝ち抜けない『時間に』ルーズな日本人 http://agora-web.jp/archives/1541256.html というアゴラの記事に、日本人の人間関係が上下関係になりやすく、それが日本の生産性を下げているという事を詳しく書いた)そういった日本人の体質に加えて、この様な商売の習慣をもつ国で小さい頃から生活しているとどうなるのか。恐らく、買い手は売り手より絶対的に身分が上である、というような錯覚を持ってしまう人が一部に出てきてしまうのだろう。そんな思い込みがある客に対して、売り手が客と対等であるかの様な態度を取ると、客は非常に不快になるに違いない。『頭が高い!』という感じで、売り手の態度が非常に悪いと感じるはずだ。これが、土下座を強要するクレーマーの正体だ。

そんな悪質クレーマーを生み出した商売上の絶対的な上下関係というのも、悪い事だけ生み出している訳ではない。確かに、土下座クレーマーの様な副産物も生んだが、日本製の品質の高さもクレーマー的な人に対応する為だったという部分もあるに違いない。

とはいえ、もうそろそろ対等な関係でのビジネスを、日本にも導入していかないと、もう日本の伸びしろが無くなってきている様に見える。まず、日本製は世界的に見ればガラパゴスやオーバースペックと言われる程、既に品質は十分高すぎる位になってしまっている。それに日本人は小さい頃から価格交渉をした経験が無さすぎるので、物を買う能力が非常に低い。日本が世界一の高値で燃料を輸入しているのに、それに大きな疑問を持たない国民性というのも、そういった部分に原因があるのかもしれない。

また、日本で値切ったりが一般的に行われないのは、価格に関する裁量が販売員にまで降りてこないという事もある。こういった日本人の上下関係体質や商売の習慣が、色々と複合して日本の生産性などを圧倒的に引き下げている。そして、結果的に日本人全体が損している。とにかく、どうであれ土下座を強要するクレーマーの逮捕が頻発するというのは、明らかに異常な社会だ。その異常さにもっと敏感になって、それをきっかけに日本の上下関係にしばられた商売システムの病巣に、政治の力によってスパッとメスを入れて欲しいものだ。でも、本来は日本人の手による政治に期待したいのだが、あまり期待しても意味がなさそうなので、TPPという外圧に期待したほうがましだろうと思っている。

渡辺 龍太
WORLD REVIEW編集長
主にジャーナリスト・ラジオMCなどを行なっている
著書「思わず人に言いたくなる伝染病の話(長崎出版)」
連絡先:ryota7974アットマークgmail.com
Twitter @wr_ryota
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