ソーシャルゲームに高い倫理性が求められる理由

2013年11月04日 13:26

新清士さんが私の前記事に反論を書かれているが、問題の本質を外しているように思うので簡単に書いておきたい。

私がソーシャルゲームに高い倫理性を求めるのは、ソーシャルゲームには、何時でも、どこでも楽しめるという他の娯楽にない特徴があり、射幸性の高い娯楽を、何時でも、どこでも楽しめるのは問題であると考えるからである。 


レアアイテム獲得までの消費金額の期待値

前記事では、レアアイテムを手に入れるのに必要な金額の期待値が明示されていないことを問題点として指摘したが、レアアイテムを手に入れるのに一体どのくらいの金額が必要なのだろうか? 一例を計算してみよう。

グリーの“優れた”ビジネス…新パッケージガチャ、射幸性強くコンプよりお金つぎ込む人も続出には、

たとえば人気ソーシャルゲーム『探検ドリランド』には、ユーザ目当てのSSレアは箱の中のカード330枚中に1枚しか入っていない。つまり確率は330分の1なので、パチンコ並みといわれている。パチンコとの違いは、毎回330分の1の確率に賭けるゲームではないところだ。一度引いたカードは次回の課金ガチャから除外されるため、最悪でも330回引けばSSレアを引き当てられる。パチンコより一見良心的に映るが、そうでないところがポイントだ。

 コンプガチャは毎回抽選でカードを引くため、パチンコのように青天井だった。だから途中であきらめるユーザもいたと言われる。ところが、パッケージガチャは「10万円前後注ぎ込めば、必ずSSレアを獲得できる」仕組み。それがわかっているので、途中であきらめるユーザが少ない。

と書かれている。 

パッケージガチャと従来のガチャで、どの程度SSレアカードを引き当てるのに要する金額の期待値は変化したのだろうか、一回ガチャを回すのに必要な金額を300円として、これを計算してみよう:

従来のガチャの場合: 300円 ÷ 1/330 = 99000円

パッケージガチャの場合: 300 × (330+1)/2 = 49650円

となる。即ち、SSレアカードを引くのに約5万円の出費が平均的に必要な仕組みになっている。

簡単な公式として、通常のガチャの場合、 ガチャ一回の消費金額 ÷ 出現確率 が、特定のアイテムを獲得するまでに必要な消費金額の期待値であり、パッケージガチャの場合は、その約半分と覚えておけばよい。

このように、ガチャ課金では、レアアイテムを獲得するまでに要する金額が、万単位になっているにも関わらず、それが、明示的にプレイヤーに提示されていない。

何の意味もない電子情報を獲得するのに、数万円の金額を注ぎ込むことになることを予め知っている場合、多くの人が躊躇するはずである。 過消費を防止するために、アイテム獲得までに必要な金額の期待値を明示する必要があるだろう。 

このように高額なレアアイテムは禁止すべきではないだろうか。 少なくとも、未成年に課金を行うなど、常軌を逸した反社会的な商行為と言えるだろう。

なぜソーシャルゲームは問題なのか

私がソーシャルゲームの規制に熱心なのは、スマートフォンといった情報端末の普及により、それが、何時でも、どこでもやれるからである。

かつて、ゲームはゲームセンターに行かないとできなかった。だから、青少年がゲームに入り浸ることは、警官がゲームセンターを巡回するだけで防止できたし、子どもが夜出歩いていれば、親もそれを知ることができた。

家庭用ゲーム機が普及して、ゲームは家庭で楽しめるようになった。 しかし、この段階でも、いつ誰がゲームをしているのかは、比較的容易に把握できた。

ところが、スマートフォンや携帯電話でゲームをするソーシャルゲームの出現で、いつ、どこでも、誰もがゲームをするようになった。

こういった状態であれば、当然のことながら、ソーシャルゲームは高い倫理性が求められることになる。これは当たり前の話で、子どもがパチンコ場に入り浸るといったことと等価なことが、家庭内や、親の目の届かないところで可能になりかねないからである。

上の計算でも分かるように、ポピュラーなゲームでも、レアアイテムの獲得に平均して、数万円の金額を要するものが存在する。これはとんでもないことだ。

三菱UFJモルガン・スタンレー証券は、2012年3月9日付で「ソーシャルゲームの正体を探る(Ⅴ)」と題するレポートを発表したが、ソーシャルゲーム関連企業を従来のオンラインゲームではなく、パチンコ産業と比較検討するという内容だった。ソーシャルゲームはパチンコと同列に見做されているわけである。 

ソーシャルゲームをパチンコと同様なものと考えた場合、青少年がやることは勿論、問題であるし、大人がソーシャルゲームを、何時でも、どこでも行えるというのは倫理上問題があると思う。 何時でも、どこでも行えるということは、中毒性が大きいということでもあるからだ。競馬や競輪、パチンコ、宝くじは、射幸性が高いが、特定の場所やに行ったり、特定の時期に購入したりする必要があり、ソーシャルゲームと比較して格段に中毒性が低い。  

このようにソーシャルゲームは、何時でも、どこでも出来るからという特性から射幸性は完全に捨て去る必要があるわけである。

ソーシャルゲームを老人のボケ防止に使ったらどうか

私は、ソーシャルゲームには社会貢献する可能性があると考えている。その一つは、老人のボケ防止に使ったらどうか、というものだ。 

現役世代が、ソーシャルゲームを行うことには、その中毒性から、時間を無駄にするという懸念から賛成できないが、暇な老人がソーシャルゲームを行いボケ防止に活用することは社会的にも意味があるだろう。 

この場合は、老人ホームや家庭単位で、低廉な月額定額制で利用するようにすれば、重課金の問題はクリアできるように思う。

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