元共産党幹部筆坂さんが護憲派批判をすると説得力を感じる

2013年11月05日 13:50
共産党でかつては中央委員会常任幹部会委員という幹部だった筆坂さんが、「日本社会あるいは政治の世界で『護憲』という言葉が、何の疑問もなく使われていることに強い違和感を覚えてきた」という記事を書かれています。いまさらなにをという感じがないでもありませんが、それだけ本音で議論できないのが共産党の致命的な欠陥なのでしょう。それはさておき、護憲派の言い分がご都合主義だというところは説得力を感じます。

日本の戦後の特殊性な状況がそうさせてしまったのでしょうが、難しい議論はともかく、改憲、原子力、自衛隊は長年、賛成と反対がせめぎ合い、議論を起こすだけでも火種となり、いわば腫れ物にさわるように戦後長年扱われてこなかった問題です。核に関しては、従来の政府も、いかに米軍が核を日本にもちこんでいたとしても、国民に知らしむべからずというか欺いてきたのでした。改憲、原子力、自衛隊はいわばタブーの3点セットとなって、国民は蚊帳の外に置かれてきました。

そうして、いつの間にか、「改憲」を是とするのは「右翼」、「護憲」は「左翼」という、摩訶不思議なレッテルまで貼られるようになってしまいました。現憲法は「左翼」の人たちが長年の批判してきた対象であった米国が日本を占領していた時代に作られた憲法です。理屈で考えるのなら、「左翼」といわれる人たちこそ、米国による「押し付け憲法」だから、「国民の手で改正しよう」と主張するほうが自然です。

実際、当時は筆坂さんが取り上げているように、共産党員で、プロレタリア作家だった中野重治が「日本の憲法を日本人がつくるのにその下書きは日本人が書いたのだと外国人からわざわざことわって発表してもらわねばならぬほど何と恥さらしの自国政府を日本国民が黙認していることだらう」と押し付けの憲法を痛烈に批判して書いていたようですが、その箇所が検閲で削除されてしまったのです。それが歴史を経ると「護憲」とは、変われば変わるものです。

「右翼」も「左翼」も現実には小さな影響力しかなくとも、極端な主張をすることで、互いの生き残りの糧となってきたのでしょう。いわば踏み込んだ議論が現実には起こらないことが、それぞれが存在しあう理由ともなってきたのではないでしょうか。それが「右翼」も「左翼」も変化する時代に適応できなくなってきた理由ではないでしょうか。

自衛隊のタブーがほんとうの意味で破られ、なにかと疎ましい市民権のない存在から市民を守る組織として信頼を勝ち取ったのは、東日本大震災での自衛隊の献身的な活動によってだったと思います。

こちらも、たとえ「左翼」であっても、一国の防衛を考えない、軍隊を認めないというのは世界の現実を無視した特殊すぎる話で、存在がどうかというよりは、むしろ統治も含めて、自衛隊のあり方や、自衛隊の運営の質がどうかを議論するというのが健全なはずです。今は共産党や社民党は、自衛隊は違憲だけれど認めるというポピュリズムの典型に流れていますが、ただ自衛隊を現実として認めるという消極的な態度が、より深い議論の妨げになっているように感じます。
共産党がもし国民主権の国は国民自らが守るべきだ、自ら守る権利があると主張し、徴兵制を主張し始めれば「左翼」として筋も通ると思うのですがどうなんでしょうね。

菅直人元総理が、みのもんたの降板に関して、根拠も示さず原子力ムラの陰謀説を唱え、世間からスルーされてしまいましたが、たとえ原子力ムラといわれる存在があったとしても影響力は限りなく小さくなり、また小泉元総理が原子力推進に異を唱える状況となりました。こちらも福島第一原発事故によってタブーとして置いておくことができなくなりました。
エネルギー政策については、原子力の先進技術国として生きるのか、はたまた自然エネルギー先進国となるのか、あるいは二股をかけるのかは、本来、国民が選択すべき問題だと思うので、もっと議論を本格化させ、国民投票でもやって決めたほうがいいと感じています。最悪は曖昧さを残し、日本のエネルギー戦略がふらつくことではないでしょうか。

憲法も同じです。ほんとうに国民自らが生み出し、あるいは選択すれば、国民ひとりひとりがもっと憲法を我が物として大切にするのではないでしょうか。その国民参加を「護憲派」の人たちは阻害しているのです。

その選択が最良のものか、最悪のものかは神のみぞ知る世界です。最良にするのか、最悪にするのかはその後の努力の影響のほうが大きいというのが本当のところでしょう。
より成熟した民主主義を定着させるためには、もっと憲法の中味がどうであり、どう変えるのかの論議をやったほうが健全じゃないかと思います。
しかし、あれもこれもでは政治の焦点が定まりません。今は、日本が将来の人口の構造変化を乗り超えるための余力を再蓄積すべき時なので、成長戦略について、あるいは安心できる社会づくりをもっと議論してほしいものです。

安倍内閣の成長戦略は日本の国家社会主義化を感じさせるところもあるのですが、半導体の歴史を見ると、国家が介入すればするほど凋落してきた歴史もあって、それをもっと野党はつっこんでおらいたいものです。それについても、筆坂さんの記事とおなじ日本ビジネスプレスの記事がありました。現実は官僚の人たちが頭で描いたものとが随分違う結果を生んでいるということでしょう。
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大西 宏
株式会社ビジネスラボ代表

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